【原因は多様。潜在的な欠乏状態により抑うつ傾向等を呈することがある】
フェリチン値は炎症や溶血がない状態で,25ng/mL未満を赤信号,50ng/mL未満を黄色信号として鉄の投与量を調整しています1)2)。有経女性であれば,炎症や溶血がない状態で50~80ng/mLでコントロールしています。総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)は,300μg/dLを理想値としています。「TIBCの300ルール」や鉄欠乏関連項目に関する理想値,黄色信号,赤信号などの詳細は書籍で紹介していますのでご参照下さい1)2)。CRPが上昇していなくても,フェリチンが10,20ng/mL高めに出たり,TIBCが低下したりするので,微細な炎症の評価として,TIBCも評価すると参考になります。平均赤血球容積(mean corpuscular volume:MCV)が90fL未満であれば赤信号で,鉄欠乏状態です(サラセミアを除く)。ただし,MCV低値だけの情報では,絶対的な鉄不足なのか,慢性炎症による機能的な鉄欠乏かわからないので,他の項目と併せて解釈することが大切です(図1)3)。
貧血がない鉄欠乏は多いと思います。鉄欠乏の原因は,多様です。動物性蛋白質の摂取不足が大きいと思いますが,入院中の患者などで病院食を完食していても,有経女性では鉄欠乏の人は非常に多いです。30歳を過ぎると子宮筋腫や子宮内膜症などによって月経過多が増えてくるので注意が必要です。痔出血も必ず問診し,原因がはっきりしなければ内視鏡で胃腸の出血がないか,ピロリ菌の精査が必要なこともあります。亜鉛製剤の過剰投与で鉄欠乏になることもあります。特に,妊娠出産を考えている患者には,胎児の中枢神経系の正常な発達のためにも,鉄や亜鉛,葉酸などの潜在的な欠乏を見逃さないようにすることが大切です。
治療においては,単に鉄剤を処方するだけでなく,アミノ酸または蛋白質をしっかり補給することが大切です。月経過多や痔出血の人には,芎帰膠艾湯を処方することもあります。鉄は,①セロトニンやドパミンなどの脳内神経伝達物質の生成と調整,②神経細胞のエネルギー代謝,③グリア細胞による髄鞘(ミエリン)形成などに関与します。精神症状としても,鉄欠乏状態では,患者によって不安や焦燥感が前景となったり,抑うつ傾向,時に一過性の幻覚妄想状態を呈することもあります。アカシジアの発現リスクも上がります。鉄欠乏が背景にあり,注意散漫や多動傾向がみられる子どももおり,時に注意欠陥多動性障害(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD)と誤診されていたり,ADHDに鉄欠乏が併存して症状が増悪していたりするケースがあります4)。
貧血まで至らなくても潜在的な葉酸欠乏の人は少なくありません。また,血液検査における葉酸の値が基準値内であっても,潜在的な葉酸欠乏の人はいます。葉酸やビタミンB12が不足するとホモシステインの値が上昇します。葉酸欠乏の原因は,摂取不足や腸管の吸収障害,妊娠時の需要増大だけでなく,アルコールを長期摂取している人は特に注意です。アルコールは,葉酸の吸収・代謝・腎排泄,そして腸肝循環による再吸収を阻害します。フェノバルビタール,フェニトインも葉酸の代謝障害の原因になります。欠乏すると,抑うつ傾向の原因になります。MCV 95fLくらいをめざして,潜在的な鉄欠乏や葉酸欠乏やビタミンB12欠乏などを補正してみてはいかがでしょう。
【文献】
1)奥平智之:血液栄養解析を活用! うつぬけ食事術. KKベストセラーズ, 2019.
2)奥平智之:マンガでわかる ココロの不調回復 食べてうつぬけ. 主婦の友社, 2017.
3)奥平智之:精神看護. 2019;22(3):293-9.
4)奥平智之:マンガでわかる 食べてうつぬけ 鉄欠乏女子(テケジョ)救出ガイド. 主婦の友社, 2019.
【回答者】
奥平智之 山口病院副院長/精神科部長(埼玉県)