【痛み・瘙痒などの改善や睡眠衛生の徹底をした後に,薬物療法として,トラゾドン,スボレキサント,ラメルテオンの効果が期待されます】
不眠症とは,入眠困難,睡眠維持困難,早朝覚醒,熟眠感の欠如などの症状が続くため,日中の眠気,注意力の散漫,疲れなどを生じる状態を指します。つまり,「眠れない」という自覚的な不眠のみだけでなく,その結果,日中に不調が生じる状態と定義されます。そのため不眠症の治療は,「何時間眠っているか?」ではなく,日中の心や体の不調を改善することを目標に設定します。特に施設では,消灯時間が早く,臥床時間が長くなりがちです。年齢を考慮した場合,臥床時間と睡眠時間の不一致が生じ,睡眠の質の低下が危惧されます。まず,適切な睡眠時間であるかどうかを確認することが必要です。
また,不眠症を引き起こす原因として,痛みや瘙痒,頻尿などの身体的要因,カフェイン摂取や飲酒などの生活習慣要因が挙げられます。施設入居中の場合,嗜好品の制限は徹底できているかもしれませんが,認知症診療において身体的要因の合併の頻度は高く,また,本人による症状の訴えが困難であることも多く,慎重な対応が必要です。
睡眠衛生に十分配慮し,睡眠を阻害する要因を排除しても不眠が持続する場合,薬物治療を検討します。しかし,不眠を引き起こす睡眠障害として,睡眠時無呼吸症候群,レストレスレッグス症候群,レム睡眠行動障害などは,それぞれ治療方法が異なり,まず鑑別診断が必要となります。特に睡眠時無呼吸症候群を認める場合,ベンゾジアゼピン系睡眠薬により症状が増悪する可能性があり,注意が必要です。レストレスレッグス症候群では,鉄欠乏が原因の場合があり,血清フェリチン値(50μg/L未満)を測定し,鉄補充療法を検討します。これらが除外されて初めて,薬物療法を考慮します。
しかし,2016年のシステマティックレビュー1)では,唯一トラゾドンの有効性が記述されていますが,30症例を対象とした研究を根拠としています。そのほかラメルテオン8mg/日については,臨床的な有効性は確認されていませんが,重篤な有害事象は報告されていません。認知症の不眠症治療における薬物療法は,エビデンスが不足している領域といえます。
実際的な薬物選択としては,鎮静や転倒のリスクを考慮し,ベンゾジアゼピン系睡眠薬や抗精神病薬の使用は既に実践されているように慎重を要します。作用機序が比較的選択的であるラメルテオンやスボレキサントは期待される薬剤であり,個々の症例において,治療効果を経験しますが,今後の知見の蓄積が必要です。また,トラゾドンも推奨される薬剤と考えられます。
これらが無効の場合,非ベンゾジアゼピン・ベンゾジアゼピン系睡眠薬を考慮することが望ましいと考えます。
【文献】
1) McCleery J, et al:Cochrane Database Syst Rev. 2016;11(11):CD009178.
【回答者】
藤城弘樹 かわさき記念病院副院長