前庭神経炎は,耳鳴や難聴などの聴覚症状を伴わない突発性の回転性めまい症状をきたす疾患である。回転性めまいの持続時間は,通常24~72時間程度であり,強い嘔気・嘔吐を伴う。発作は通常1回であり,反復することは少ない。上気道感染が先行する症例が多く,ウイルス感染の関与が推定されている。
突発的な回転性めまいで発症し,難聴・耳鳴・耳閉感などの蝸牛症状を伴わない場合,本疾患を疑う。めまい発作時には,眼振検査において,方向固定性の水平性あるいは水平回旋性混合性眼振を認める。除外すべき疾患として,小脳・脳幹の脳血管障害があり,第Ⅷ脳神経以外の神経症状(四肢の運動障害,小脳症状,ろれつ不良など)の有無について注意を払うとともに,頭部のCTやMRIなどの画像診断を行っておくことが望ましい。前庭神経炎の確定診断には,温度刺激検査(カロリック検査)により一側または両側の末梢前庭機能障害を認める必要があるので,めまい症状がある程度落ち着いた時点で,耳鼻咽喉科に検査を依頼する。
前庭神経炎の治療は,急性期,亜急性期,慢性期の3つにわけられる。急性期の治療は,めまいや嘔気・嘔吐などの症状の軽減を目的とし,亜急性期では,なるべく早期に離床させ,動くよう促すことで前庭代償を促進する。慢性期の平衡障害の改善には,前庭リハビリテーションの指導を行う1)。
急性期では,めまいが高度の場合は原則入院させ,補液〔ソルデムⓇ3輸液(維持液)など〕を行い,制吐薬〔ナウゼリンⓇ(ドンペリドン),プリンペランⓇ(メトクロプラミド)〕や抗不安薬〔アタラックスⓇ-P(ヒドロキシジン塩酸塩),セルシンⓇ(ジアゼパム)〕の投与を行う。めまい症状軽減のために7%重曹水〔メイロンⓇ静注7%(炭酸水素ナトリウム)〕の投与を行うこともある。また,前庭神経炎に対するステロイド治療は,前庭代償を促進する効果があることが報告されており,緑内障や糖尿病などの有無およびB型肝炎の有無について確認した上で,発症早期より投与を検討する。
めまいや嘔気・嘔吐などの症状が徐々に軽快してくる亜急性期においては,なるべく早期に離床を促し,積極的に動きまわるよう指導し,前庭代償を促進する。この時期には,抗めまい薬〔メリスロンⓇ(ベタヒスチンメシル酸塩),セファドールⓇ(ジフェニドール塩酸塩)〕や脳循環改善薬〔アデホスⓇ(アデノシン三リン酸二ナトリウム水和物)〕の投与を行い,めまい症状の軽減を図った上で,できるだけ身体を動かすよう促す。この時期の長期臥床は,めまい症状の遷延につながる。
慢性の浮動感やふらつきの軽減には,前庭リハビリテーションが有効とされている2)。前庭リハビリテーションは,頭部と眼球の運動による前庭動眼反射の利得の増加を図る訓練と,臥位や坐位,立位での前庭脊髄反射を強化する訓練によって構成される。前庭リハビリテーションは,発症後できるだけ早期より開始するとより高い効果が得られる。
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