新薬・新規治療法の認可承認,適応拡大の科学的根拠として,患者集団における過去の標準治療に対する新薬の有効性を示すランダム化比較試験の結果が用いられる。ランダム化比較試験は患者集団の均質性を前提としている。しかし,患者集団における個別の新薬・新規治療法の過去の標準治療に対する優れた有効性は,必ずしも目の前の個別症例における優れた有効性を意味しない。個別の医師は,個別の症例の特徴に基づいて治療方針を決定している。ランダム化比較試験の結果の集積として,診療ガイドラインが作成されるが,個別症例の治療方針決定の参考になっても,複雑な臨床医の治療方針決定の判断における頭脳の働きを代替できるわけではない。
循環器領域では,ランダム化比較試験の結果に基づく標準治療のシステム的転換により,心筋梗塞などの疾病集団の予後は改善した。急性心筋梗塞の院内死亡率は1950年代の30%程度から,CCUの普及による急性不整脈死亡の予防・治療により1980年代には15%程度に劇的に改善した。また,1990年代の急性期再灌流療法と各種の補助的治療により院内死亡率はさらに減少し,入院期間も短縮された。禁煙啓発,スタチン・抗血小板薬の普及により,心筋梗塞後の症例の再発率も激減した。ランダム化比較試験の結果に基づいた標準的治療のシステム的転換は,患者集団の予後の改善において歴史的役割を果たした。
ランダム化比較試験の結果による患者集団の予後のシステム的改善の結果,新薬・新規治療法のコストが増大した。新薬・新規治療法のコストの増大には患者集団の予後の改善が寄与する。すなわち,新薬・新規治療法の有効性・安全性の科学的検証に必要なランダム化比較試験の症例数が患者集団の予後改善とともに増大した。心筋梗塞後などを対象として新薬の有効性・安全性を検証するためには,数万例以上の症例の登録が必須となった。臨床試験の規模が拡大すれば,コストが増し,そのコストが新薬の価格に転嫁されるため,新薬が著しく高価になってしまう1)。
また,ランダム化比較試験は症例群の均質性を前提としているが,登録症例のうち死亡,心筋梗塞などのイベントを発症する症例は年間数%にすぎない。過去の標準治療において年間8%(95%CI:7〜9)であった臨床イベントの発現率が,新薬により年間6%(95%CI:5.5〜6.5)に減少できれば,その新薬は患者集団において有効である。しかし,実臨床において新薬のメリットを得る症例は〔8%(95%CI:7〜9)−6%(95%CI:5.5〜6.5)〕人,すなわち100例服薬して年間2例程度にすぎない,ということとなる。疾病の予後が改善した現在では,患者集団を対象としたランダム化比較試験で仮説検証するよりも,新薬によりメリットを得る少数例を選別するほうが,より効率的と考えられる。