高比重リポ蛋白(high-density lipoprotein:HDL)は,抗動脈硬化作用,抗炎症作用を持つ善玉粒子である。
臨床検査では,HDL粒子に含まれるコレステロールを「血清HDL-コレステロール値(mg/dL)」として測定している。
低HDL-コレステロール血症は,1980年代から行われた多くの疫学研究で,動脈硬化性疾患の独立した危険因子であることが確立している。
一方,著明な高HDL-コレステロール血症が動脈硬化に防御的なのか,まったく逆に動脈硬化惹起性なのかについて議論がなされてきた。
わが国で行われた高HDL-コレステロール血症の病態分析,疫学研究の結果から,90 mg/dL以上の著明な高HDL-コレステロール血症は動脈硬化性疾患による死亡の高リスク群である可能性があること,また,高HDL-コレステロール血症の原因は多様であることが示された。
日常診療においては,著明な高HDL-コレステロール血症は「善玉-コレステロールが増えているからよい」ではなく,「過ぎたるは及ばざるがごとし」の場合があることを念頭に,慎重に臨床経過を観察,必要に応じて動脈硬化性疾患の存在について精査する。
コレステロールは細胞膜の主要構成成分であり,かつステロイドホルモンの原料となるなど生体における必須の栄養成分である。疎水性であるコレステロールは,血液中ではリポ蛋白という粒子の形状で運搬される。
本稿のテーマである高比重リポ蛋白(high-density lipoprotein:HDL)粒子(図1)は,コレステロールとリン脂質,アポリポ蛋白AⅠで構成されており,主に肝臓および小腸で合成される1)2)。粒子サイズは50~150nm,比重は1.063~1.210g/mL程度で,高比重であることからHDLと呼ばれる。アポリポ蛋白AⅠ以外にも,約100種の蛋白がHDL粒子に存在することが知られている1)。
1970年代に血清からHDL粒子を単離することが可能になり,HDL粒子に含まれるコレステロールを測定するようになってから,動脈硬化性疾患との関連が検討されるようになった。Millerらが報告した,低HDL-コレステロール血症と冠動脈疾患との関連3),米国で行われたフラミンガム研究4)等の疫学研究の結果,低HDL-コレステロール血症は独立した動脈硬化危険因子であることが明らかとなった。一方,LDL(low-density lipoprotein)に関しては,高LDL-コレステロール血症が強い動脈硬化惹起因子であることから,「HDLは善玉,LDLは悪玉」との認識が確立されていく。わが国ではHDL粒子に含まれるコレステロールを血清HDL-コレステロール値(mg/dL)として測定しており,保険適用,特定健診・人間ドック項目となるなど広く臨床応用されている。
HDLを介する動脈硬化防御機構として,コレステロール逆転送系(reverse cholesterol transport)が知られている。肝臓や小腸等で合成されたHDL粒子は,動脈硬化巣の泡沫化マクロファージからコレステロールを引き抜き,最終的に肝臓へ輸送する。肝臓からは胆汁としてコレステロールを体外(腸管)に排出する。
HDL中のコレステロールを肝臓へ輸送する系は以下の2つが知られている。1つはHDLが肝臓のHDL受容体(scavenger receptor class B typeⅠ:SR-BⅠ)に結合する系,もう1つはHDL中のコレステロールが血清中に存在するコレステリルエステル転送蛋白(cholesteryl ester transfer protein:CETP)の作用でLDLに転送され,LDL受容体を介して肝臓に取り込まれる系である。
CETPの活性が低下するとHDLからLDLへのコレステロールの転送が低下して,HDL-コレステロールが増加するとともにHDLが大粒子化する(後述)。また,SR-BⅠの遺伝的欠損は高HDL-コレステロール血症をきたす6)。