唾液腺には耳下腺,顎下腺,舌下腺といった大唾液腺のほか,口腔内の小唾液腺,鼻腔やそのほかの気道系粘膜にある分泌腺なども含まれる。
唾液腺悪性腫瘍は非常に多くの病理診断名に分類されているが,臨床的に問題となるのは臨床的悪性度である。すなわち,良性腫瘍との鑑別が難しく緩徐に進行する低悪性度・中悪性度癌と,非常に進行が速く,局所浸潤,リンパ節転移や遠隔転移をきたして急激に生命予後に関わってくる高悪性度癌があり,それぞれの悪性度によって,診断や治療における留意すべき点が異なってくるのが特徴と言える。
良性唾液腺腫瘍は女性に多い疾患であるため,良性腫瘍を母地とする唾液腺悪性腫瘍も女性に多い傾向があるが,進行の速い高悪性度癌は男性に多くみられる。
唾液腺悪性腫瘍は,術前には診断が難しいものが多い。通常,唾液腺腫瘍は良性腫瘍が多いと認識されることが多いが,実は良性腫瘍が長年放置された結果,良性腫瘍の一部分から悪性腫瘍が発生する率が高いことも明らかになっており,実際には潜在的な悪性腫瘍の割合はもっと多いのではないか,と推測される。唾液腺腫瘍全般に対する慎重な取り扱いが必要とされる。
唾液腺悪性腫瘍を術前に正しく診断することが,良い治療法に直結することになる。
低・中悪性度癌では,CTやMRIでは腫瘍のごく一部分にある悪性所見を検出することが難しく,また,穿刺吸引細胞診でも細胞異型が乏しいため,悪性と診断されないことも多い。この場合,超音波診断で腫瘍の全体像を慎重に観察し,部分的な形状変化や腫瘍内部の部分的な悪性所見を検出する。穿刺吸引細胞診を行う場合は,悪性が疑わしい部分を選んで穿刺することが重要となる1)。典型的な良性腫瘍像を呈するもの以外は,術前に多少でも悪性の可能性を念頭に置きながら治療にあたるべきである。
一方,高悪性度癌で明らかな被膜を有さず浸潤傾向が強い場合,画像診断で明確な腫瘍として認識されないことがあるため,注意を要する。この場合,CT,MRI,超音波診断をうまく組み合わせて診断を行うべきである。高悪性度癌の場合は腫瘍部分を正しく穿刺すれば,細胞診で悪性と診断されるものが多い。リンパ節転移や遠隔転移を高率にきたすため,悪性と診断されたらPET-CTで全身転移検索を行う。
治療方針に関しては,低・中悪性度癌の場合は,通常,術前には良性腫瘍との鑑別が難しく,ある程度は腫瘍被膜を有するものが多いため,腫瘍の完全摘出が原則となる。耳下腺の低・中悪性度癌では術前から顔面神経麻痺を伴うことは少ないため,基本的に顔面神経を温存し,周囲の正常耳下腺組織とともに腫瘍を摘出する。術中に顔面神経から腫瘍や耳下腺組織を剝離していく中で部分的な顔面神経への腫瘍浸潤があれば,部分的に神経を合併切除し,神経再建を行う。被膜外浸潤があり,安全域が不十分な切除となった場合は,術後放射線治療も考慮する。顎下腺の低・中悪性度癌の場合は,周囲のリンパ節も可及的に郭清し,顎下腺とともに腫瘍を全摘出する。舌下腺,口腔内小唾液腺や気道分泌腺の低・中悪性度癌の場合は,十分な安全域をとった全摘出が困難なことがあり,慎重に検討し治療戦略を考えるべきである。
一方,高悪性度癌では高率に周囲組織浸潤,リンパ節転移,遠隔転移をきたすものが多いため,手術だけでなく重粒子線を含む放射線治療や,全身的な薬物治療なども含めた集学的治療を原則とする。
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