日本の高齢者割合は2040年に35.3%まで増加すると推計され、在宅医療のニーズはますます高まっている。一方、24時間の応召義務などがネックとなり、在宅医療の中心的な担い手となる在宅療養支援診療所の届出施設数は、ここ数年横ばいから微減傾向にある。連載第41回は、在宅医療に特化した夜間・休日の当直支援サービスを活用した医療連携で、持続可能な診療体制を構築した在宅専門クリニックの事例を紹介する。
東京都三鷹市にある在宅医療専門クリニック「東郷医院」の東郷清児院長は、介護保険制度の施行以前から約30年間にわたり在宅医療に携わってきた先駆者的存在。東郷さんが在宅医療に関わるようになったのは、医学部の5年生の夏休みに、障害児施設での研修に参加したことがきっかけだったという。医療と福祉の連携が不十分である現実を目の当たりにし、医療と福祉が連携できるネットワーク作りの必要性を痛感。自ら連絡を取り、県内の福祉施設や関連病院、福祉系大学などを訪問、学びを深めた。
「障害者施設の研修で、医療は子供たちの体調が悪くなったときに診察をするだけで、普段はまったく関与していないことを知りました。私は外科医を目指していましたが、この研修を通じて、病気を治すだけでなく、患者さんの人生に寄り添って困ったことを一緒に考えていくような医師になりたいと感じるようになりました」(東郷さん)
東郷さんは医師資格を取得後、県内の福祉施設からの紹介で、1990年当時「福祉日本一」と呼ばれていた東京都武蔵野市の福祉公社を訪問し、公社の嘱託医と医療が抱える課題について話を重ねるうちに「在宅医療を一緒にやらないか」と誘われたという。大学病院の神経内科で数年研鑽を積んだ後に上京。都立多摩老人医療センター(現多摩北部医療センター)精神科、武蔵野赤十字病院内科などに勤務する傍ら、その嘱託医が院長を務める武蔵野市内のクリニックで在宅医療に携わることになった。
その後、別の武蔵野市内にある在宅診療専門クリニックの院長に就任、在宅ホスピスの経験も積み、2012年に独立して現在の場所に同院を開業した。医療に最も必要なことは、「人間同士の“信頼”であり、相手を想う“心”である」という信念を持ち、「機能強化型在宅療養支援診療所」として武蔵野の地で24時間体制の在宅医療に取り組んできた。
同院の常勤医は東郷さん1人。東郷さんが、24時間体制で在宅医療を継続していくために導入したのが、株式会社当直連携基盤が運営する在宅医療に特化した「夜間・休日当直支援サービス」だ。当直連携基盤のサービスを導入した理由について東郷さんはこう語る。
「在宅専門クリニックの院長として、18年にわたり24時間365日の診療をほぼ1人で対応していました。訪問診療する患者さんの数は160人を超えていたときもあり、やりがいは感じていましたが、年齢を重ねるにつれ身体はきつくなってきました。完全なオフの時間がない生活が当たり前となり、家族で東京ディズニーランドに行ったとき、到着を目前にして往診依頼の電話が鳴って引き返したこともありました。こうした生活を続けるうちにいよいよ身体を壊し、心配して代診サービスを探していた当院のスタッフが当直連携基盤さんのサービスを見つけてくれたのです。当初は一時的とはいえ、普段診ている患者さんをほかの先生に任せることに不安がありました。利用していくうちにしっかりと診てくれることが分かり、今では安心して夜間・土日は休めるようになり、健康を取り戻すことができました」
当直連携基盤は、医師の実姉とともに在宅専門クリニックを2013年に立ち上げた中尾亮太さんが代表を務める。中尾さんは事務長としてクリニックを運営する中、姉の出産を機に24時間体制の仕組み化に着手、近隣の5施設と共同当直体制を構築した。この経験をもとに2019年、当直連携基盤を創業し、代診による当直連携モデルの提供をスタートした。現在の対応エリアは東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県、愛知県名古屋市、大阪府、福岡県。導入施設は243施設、月間往診は1390件、月間看取りは317人に上る。
当直連携基盤のサービスの特徴は、①独立組織、②自院ですべて算定可能、③あらゆるカルテに対応─の3点。医療法人に依存しない独立組織のため、依頼元の医療機関と競合することがなく、経営リスクが低いというメリットがある。診療報酬については、依頼元の医療機関ですべて算定が可能。看取り実績もカウントできる。またすべての電子カルテに対応しており、使用中の電子カルテから切り替える必要がない。紙カルテにも対応している。
このほか、当直を担当する医師がカルテ情報を事前にしっかり把握し、それに基づいたアセスメントを行うシステムも特徴だ。かかりつけ医と同じように患者が安心して受診できる。医師が患者の自宅を訪問し、生活環境も含めた視点で医療を提供する在宅医療では、それまでのストーリーを踏まえたつながりが欠かせず、カルテ情報の共有は重要になる。
東郷さんは現在、ライフワークである医療と福祉のネットワーク作りのため、三鷹市の福祉関連の会議にもアドバイザーとして出席、市内の福祉施設の計画にも関わっている。
「以前に比べ、時間的なゆとりができたので健康になり、医療の新たな仕組みを作るための活動ができるようになりました。慢性疾患の患者さんが多い在宅医療で大切なのは、継続性です。そのためには医師が健康でなくてはいけません。在宅医療のニーズは今後高まっていきますが、夜間や休日まですべて1人の医師が担う必要はなく、当直連携基盤さんのような支援サービスを上手に活用し、質の高い医療を地域に提供していく体制を整えることが大切だと感じています」