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【識者の眼】「ryuchellさんの死とホルモン治療についての誤情報」稲葉可奈子

No.5183 (2023年08月26日発行) P.58

稲葉可奈子 (公立学校共済組合関東中央病院産婦人科医長)

登録日: 2023-08-04

最終更新日: 2023-08-04

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先月、タレントのryuchellさんが自死されました。以前に育児についてのトーク番組で共演した際に、子どもが4人いて、もしもう1人となると1人ずつにかけられる時間が減ってしまうので5人目は悩ましい……という話をしたら、「自分は5人兄弟の一番下だけどみんなから愛されて育ってとっても幸せ」とすばらしい笑顔でお話しされていたのが非常に印象的で、そんな方が自死に追い込まれてしまうという現実が悲しすぎました。

ryuchellさんは、離婚後に容姿が女性らしく変化したことについて辛辣な誹謗中傷を受けていました。自死が報じられてもなお「子どもを残して自分勝手」などの中傷がみられ、さらに、誹謗中傷していたアカウントに対する誹謗中傷も散見され、その様は見るに堪えませんでした。ryuchellさんの自死に誹謗中傷がどの程度影響したかはわかりませんが、2020年には木村花さんの誹謗中傷による自死もあり、対面でなく、匿名であっても、誹謗中傷は人の命を奪いうるものであるということは、子どもの教育ではもちろん、大人も学ばなければなりません。

もう一点、自死が報じられた直後、女性ホルモンを投与していたため精神的に不安定で自死したのでは、という憶測がSNSで拡散されました。トランスジェンダーの方へのホルモン治療は自死のリスクを高めるのでしょうか? 既報によると真逆で、ホルモン治療を受けたトランスジェンダーの方は、ホルモン治療を受けていない群と比較して、うつ病リスクは60%低下、自傷行為や希死念慮のリスクは73%低下しました。実際、米国ではトランスジェンダーのホルモン治療などの医療介入が保護されている州のほうが、トランスジェンダーの方が自殺しようとする頻度が低いのです。

トランスジェンダーの方の自殺未遂に寄与する要因は周囲からの何気ない差別的発言や、家庭や学校で受け入れられないことや自己偏見である、という報告もあり、もちろん様々な要因が精神状態に影響しますが、ホルモン治療への誤った認識もまたトランスジェンダーの方を苦しめることになりかねません。

日本はまだまだトランスジェンダーの方への差別が散見されています。もし医療現場で、医療介入を求めている方からの相談があった場合には、端から否定したりせず、理解を示し専門医へつなぐことが我々の使命と思います。

稲葉可奈子(公立学校共済組合関東中央病院産婦人科医長)[トランスジェンダー][誹謗中傷]

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