2024年1月12日、新たに発足した内閣感染症危機管理統括庁の主催で、シンポジウム「新たな感染症危機にいかに備えるか」1)が開催された。国立感染症研究所感染症危機管理研究センター長による基調講演2)では、感染症危機管理に計画や訓練は不可欠であるが、その中で気をつけなければならないことは、過去事例の「過学習」だとしている。
過去の「過学習」を具体化した作品として思い出すのは、2020年の第33回東京国際映画祭で上映されていた「The Trouble with Being Born(トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン)」3)というオーストリア・ドイツ共同制作映画である(以降、ややネタバレなのでご注意下さい)。
近い未来、AIを搭載した子ども型アンドロイドが生産されている。アンドロイドは持ち主の希望に合わせて性別や体型、顔を変えることができる汎用性タイプで、持ち主の語る情報をもとに学習する。とある父親は、数年前旅行中に失踪した娘の代わりとして、アンドロイドと暮らしている。彼女は植えつけられた記憶をもとに、かつて娘がしていたように、仲睦まじく父親と一緒に生活しているが、何度も失踪したときの旅行の話を父親から聞いているうちに、娘になりきろうとして、失踪した街をめざして家を抜け出してしまう。
街をめざしてアンドロイドが道路を歩いていると、通りがかりの自動車が停車し、降りてきた男性がアンドロイドを初期化して持ち帰り、高齢で1人暮らしの母親を慰めるためにプレゼントする。2番目の持ち主である老女は、子どもの頃に大喧嘩し、そのまま列車への飛び込み自殺を図った弟への罪悪感を癒すため、弟の記憶を植えつけ、一緒に暮らす。しかしアンドロイドは老女の話を再び過学習し、弟になりきろうとして、ある日アパートを抜け出し、線路へと向かっていく。
つまり、現在の情報が入力されないまま、過去の出来事を繰り返し詳細に学ぶことで、アンドロイドは過去の事件が必然であるとして、忠実に再現しようと暴走するのである。
(注:本作品は映画祭以降、本邦未公開であり、これは筆者の記憶に基づく個人的な感想である)
人間はAIとは異なり、記憶を現実と調整しながら、常に過去の評価を書き換え、今を生きる糧にしていくことができる。過去の出来事に対して現在の課題を照らし合わせ、記憶を更新していくことが将来への備えとなる。
同様に、史実の評価や価値は、今起きていることや、これから起きることに左右され、常に変化していくものである。様々な計画が数年ごとに見直されているのと同じように、実施した対策の検証も、一度報告書をまとめて終わり、ではなく、適宜新たな視点で評価をしていくことで、将来に資する知見が得られるだろう。
そのような意味でも、COVID-19対応の記録や生データは、今後の新興再興感染症の発生状況や新たな知見をふまえ、適宜対策の想定やリスクの見直しが図れるよう、保存しておくべきである。
未来はあくまで未来であって、まったく同じことが起きることは絶対にないのだから。
【文献】
1)内閣感染症危機管理統括庁公式サイト:シンポジウム「新たな感染症危機にいかに備えるか〜国民の生命・健康と生活・経済の両立を目指して〜」.(2024年1月12日).
https://www.cas.go.jp/jp/caicm/article/topics/20240112.html
2)内閣感染症危機管理統括庁公式サイト:齋藤智也, 基調講演「パンデミックと行動計画」.
https://www.cas.go.jp/jp/caicm/article/topics/2023_eventinfo/files/20240111_b.pdf
3)第33回東京国際映画祭公式サイト:ワールド・フォーカス, トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン(The Trouble with Being Born), 監督:サンドラ・ヴォルナー.
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3304WFC05
関なおみ(東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)[感染症健康危機管理][感染症予防計画][新型インフルエンザ等政府行動計画]