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日本の医薬品「製剤」の変遷 〜錠剤一粒に秘められた思いとは〜[薬剤学の専門家・倉田なおみ昭和大客員教授に聞く]〈提供:日本ジェネリック製薬協会〉

登録日: 2024-04-23

最終更新日: 2024-04-22

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ジェネリック医薬品はいまや「医療上必要な医薬品として広く使用」(2023年6月 厚生労働省「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」報告書)されており、社会インフラとしての重要な役割を担っている。ジェネリック医薬品の普及が進んだこの30年間に製剤技術も進化し、OD錠(口腔内崩壊錠)などの付加価値製剤の開発で日本のメーカーは世界をリードする存在となった。本企画では、医薬品の「製剤」にフォーカスし、薬剤学の専門家である昭和大学薬学部の倉田なおみ客員教授にインタビュー。付加価値製剤の登場が医療現場に与えた影響やジェネリック医薬品メーカーを含め日本の医薬品産業が果たすべき使命について語っていただいた。(取材・編集:日本医事新報社)

日本の製剤技術は大きく進化している

─ジェネリック医薬品の普及が進んだこの30年間の医薬品の製剤の変遷について専門家としてどのように見ておられますか。

倉田 医薬品の製剤自体はいろいろな工夫がされるようになり、大きく進化していると思います。政府がジェネリック医薬品の使用を推奨してきたことも製剤の進化への後押しになりました。

「数量シェア80%」という政府の数値目標も達成し、ジェネリック医薬品は社会インフラとしてなくてはならない存在になっています(図表1)。新薬メーカーの開発品は、生物学的製剤などの注射剤が多くなっていますので、固形製剤をより飲みやすくした付加価値製剤を開発・供給していくことがジェネリック医薬品メーカーの使命になっていると思います。

 

─製剤の面で特に大きく進化したと思うところはどこですか。

倉田 OD錠(口腔内崩壊錠)が作られたことはかなり大きいですね。それまで普通錠しかなかったところに、飲みやすさを加味したOD錠が開発され、普及してきたのは世界を見渡しても日本の社会だけです。ここまで増えたのは企業戦略もありますが、それだけ実際に患者さんのためになっているからでしょう。日本には服薬のしやすさをしっかり考える文化、「おもてなし」の精神が生きているのだと思います。

─飲みやすい薬の開発において日本はかなり先進的な取り組みをしているということですか。

かなり先進的だと思います。OD錠も海外ではほとんど普及していません。

日本は高齢化社会の先頭を切っているので、製薬企業も比較的やさしい目を持っていると思いますが、まだまだ飲みやすい薬を開発する努力を続けていくべきだと思います。

高度な製剤技術が必要なOD錠の開発

─OD錠自体も、子どもやお年寄りなど特定の人のための「バリアフリー製剤」から「ユニバーサルデザイン製剤」へと位置づけが変わり年々進化しているといわれています(図表2)。

倉田 どんどん進化していますね。以前は、水の中に入れて10分経っても崩壊しない「OD錠という名の普通錠」がありましたが、どんどん製剤工夫がされて、品質的にはかなり揃ってきたと思います。

OD錠の開発には高度な製剤技術が必要です。塩基性で強烈な苦みがある医薬品を口の中で崩壊させるわけですから、味や匂いをマスクしておかなければいけない。それには非常に高度な技術が必要なわけです(図表3)。

OD錠は早く壊れればいいというものでもありません。濡れた指でつまんだらなくなってしまうのでは困るわけです。崩壊するまでに適度な時間も必要で、そういうことが加味されたOD錠が非常に増えてきています。

例えば3錠の普通錠と1錠のOD錠を同時に飲む場合、4錠を口の中に入れて水を飲んでもすぐには壊れない。飲みにくいと感じる人は、水を口に含んだらすぐに飲み込まず、10~15秒ほど待ってから内服すると1錠は崩壊しているのでとても飲みやすくなります。一般の方にはそういう服用のテクニックも知っていただきたいですね(BRAIN NURSING 2022年4号所収 倉田なおみ「約90%の人が口腔内崩壊錠(OD錠)であってもほかの錠剤と一緒に飲んでいる。OD錠でも特別な飲み方をする必要はない」参照)

「錠剤嚥下障害」は若い世代にもある

─OD錠のメリットに対する一般の方々の認識も変わってきていますか。

倉田 昭和大学医学部教授の相良博典先生(現病院長)が2015年にOD錠服用中の患者を対象としたアンケート調査を実施していますが、どの年代の患者さんもOD錠のほうが普通錠よりも「飲みやすい」「便利」「好ましい剤形」などと答えています。

この調査で私が特に注目したのは、「普通錠を服用した際、錠剤が喉につかえて、のみにくかった経験がある」と回答した割合が、20~34歳が58%と最も多く、65歳以上が34%と最も少なかったところです(図表4)。

─若い世代のほうが飲みにくさを感じているということでしょうか。

倉田 おそらく「慣れ」だと思います。高齢の患者さんは飲み慣れているので、10錠くらい一緒に飲める方が結構います。逆に20代は1錠ずつしか飲めない方が多い。

薬剤は食べ物と違って固形物のまま液体と一緒に飲み込みます。例えばピーナッツは咀嚼し唾液と混ぜてペースト状にして飲み込みますが、服薬というのは、ピーナッツをそのまま水と一緒に飲み込むのと一緒なので嚥下能力が必要なんです。実は「薬を飲みにくい」というのは当たり前のことで、それを他人に言わないで薬を飲めないままにしているケースが多い。

私はこうした薬剤嚥下障害を一般向けにわかりやすく「錠剤嚥下障害」と言っていますが、そういう方はたくさんいるということも皆さんに知ってほしいですね。

「錠剤つぶし」の文化をなくそう

─倉田先生が研究責任者を務めた厚生労働科学研究の調査(2021年7月~2022年1月)でも、内服薬を服用している介護施設利用者の約2割が錠剤を粉砕して服用している実態が報告されていますね(図表5)。

倉田 嚥下能力がない方は錠剤が飲み込めず口の中に残留してしまうことがあるので、「つぶせば飲める」という感覚なのだと思います。

例えばロールパンは砕いてもロールパンの味のままですが、錠剤は砕くとものすごい苦味が出てくる。そこが分からず、錠剤を砕いてご飯に混ぜて食べさせたりするから拒食になるのです。拒食になると栄養失調になり、フレイル・サルコペニアになって免疫力が落ちるという悪循環が始まります。そういう「錠剤つぶし」の文化をまずなくすことが重要だと思っています。

錠剤つぶしの問題は在宅の現場でもありますし、病院の現場でもあります。病院の中で看護師が徐放性製剤を粉砕して経鼻栄養チューブから投与して血圧が急降下した事案などが発生したことを受け、PMDA(医薬品医療機器総合機構)は2023年3月に医療安全情報を発出しました(図表6)。このように徐放性製剤をつぶして投与するということが実際に起きているのです。錠剤嚥下障害のある患者さんに対しては薬剤師がしっかり介入し、OD錠など最適な剤形を選択するように促すことが大事です。

私は常々「薬は芸術品」と言っていますが、薬をつぶすということは、芸術品を壊すことと同じなんです。100円ショップで買ってきたお皿なら壊しても気にならないかもしれないけれど、ブランド品のお皿ならどうなのか。「医薬品はブランド品ですよ」ということを一般の方々にも知っていただきたいですね。そういう認識が服薬アドヒアランスにもつながってくると思っています。

フィルムコーティング技術の進化にも期待

─長年製剤の研究をされる中で、OD錠以外に画期的だったという薬剤はありますか。

倉田 飲みやすくするために壊れやすくしたのがOD錠ですが、苦味が強いものはなかなかOD錠にできない。それならば、味や匂いを出さないようにコーティングして、水に濡れると表面がゲル状になる錠剤があればいいのではないか、ということを講演会でお話ししたら、いくつかの企業が開発してくれました。そうしたフィルムコーティング技術の進化にも期待しています。

─OD錠についてもまだ工夫の余地がありますか。

倉田 本音を言えば、私はすべての錠剤にOD錠があればいいと思っています。最近は徐放性製剤でもOD錠が出てきています。中の顆粒を小さくすれば経管投与にも使えますので、そうしたOD錠が増えれば、経管投与の患者さんに使えない薬もなくなっていく。そういう世の中になればいいなと思っています。

「薬は芸術品」という思いで服用してほしい

─ジェネリック医薬品メーカーに対し特に期待することは何ですか。

倉田 まずは安定供給を大前提として、製剤の付加価値をさらに追求していってほしいですね。やはりそこがジェネリックメーカーの責務だと思います。優れた製剤技術者もジェネリックメーカーにどんどん入っているようなので、さらに良い製品を作ってほしいですね。

製剤に関する情報提供がまだまだ足りていないので、薬剤師は患者さんや医療者に製剤の情報もしっかり説明できるようになってほしいと思います。

─先ほど「薬は芸術品」というお話がありましたが、錠剤1錠1錠にはどのような思いが込められているのか、あらためてメッセージをいただけますか。

倉田 錠剤は単なる粒ではないということです。服用後、胃で壊れる薬もあるし、胃で壊れず大腸までデリバリーされて潰瘍性大腸炎に効く薬もある。すぐに壊れて速やかに痛みを除去する薬もあるし、24時間血圧が上がらないようにゆっくりゆっくり効く薬もある。1錠1錠にはたくさんの思いと様々な工夫が込められているということ、また、先発医薬品メーカーもジェネリック医薬品メーカーも互いに協力して薬を作っていることを皆さんに知っていただきたいですね。「薬は芸術品」という気持ちで大切に服用してほしいと思います。

薬は効くと思って飲まないと効きません。どのように作られているかを知って、「自分の病気を治すためにこれがある」という思いをしっかり持って飲んでいただきたい。そのためにも薬剤師は現場にもっと介入して、製剤の情報を提供してほしいと思います。

【参考文献・ウェブサイト】
倉田なおみ編著『製剤・薬理学から服薬支援を強化する 頻用薬のこれなんで?』(じほう)
倉田なおみ編著『介護施設・在宅医療のための 食事状況から導く、薬の飲み方ガイド』(社会保険研究所)
日本服薬支援研究会ホームページ
やさしい投薬をめざして 昭和大学薬学部薬剤学教室 倉田なおみホームページ

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