医療用エコー(超音波画像診断装置)は、イメージング機能の進化などハイスペック化が進み、活用範囲が大幅に拡大するなど臨床現場での重要性が高まっている。中でも携帯型のポケットエコーは高画質化・小型化に加え、ワイヤレスタイプが登場。操作性が向上し、在宅医療の現場での普及が加速している。定期的な訪問診療で聴診器のようにポケットエコーを駆使し、診断と治療の精度を高めているクリニックの事例を紹介する。
沖縄県宮古島市と神奈川県鎌倉市の2拠点で在宅医療をメインに提供する「ドクターゴン診療所」院長の泰川恵吾さんは、常にポケットエコーを携帯し、多くの患者の診察に活用している。泰川さんは1989年に杏林大医学部を卒業後、救命救急の道に進み、東京女子医大では救命救急センターICU医長を務めた。救命救急を志望する医学生が増え優秀な人材が育ち始めたため、救命救急からの卒業を決意し、生まれ故郷の宮古島で在宅医療を提供するために同院を開設した。高度医療の最前線から在宅医療に活躍の場を移した理由について泰川さんはこう語る。
「ICUで救命した患者さんたちが退院後、どうやって暮らしているのかが気になり始めたことがきっかけです。在宅医療がまだ一般的でなかった当時は、具合の悪い患者さん本人が病院に出向いて受診しなければいけませんでした。高齢の患者さんは、たとえ救命できたとしても後遺症や障害が残るなど元の生活には戻れない方が多く、このまま手放していいのか、というジレンマが強くなる中で、以前から温めていた宮古島で本格的な在宅医療を行う構想を実現するため97年に開業しました」
過酷な現場で多くの患者を救ってきた泰川さんが目指したのは、外来と遜色のない在宅医療。移動車にエコーや心電図、カウンターショック、外科処置器具など救命処置に必要な機材を積み込み、患家で簡単な手術を行うなど20年以上にわたり質の高い在宅医療を提供してきた。この間における大きなトピックは、高性能なポケットエコーの登場だという。
「ポケットエコーは診察しながらリアルタイムで体の中の動きが見えるので、理学所見で当たりをつけた判断が適切だったのかがすぐに分かります。特に高齢の患者さんは聴診器や触診による見立てが外れてしまうことも少なくありません。正確な診断ではなく、膀胱の残尿量や肺に水が溜まっていることを確認するなど“迅速な判断”をするための重要なツールとして、ポケットエコーは日々の診療に欠かせない存在となっています」(泰川さん)
泰川さんが愛用するのは、GEヘルスケアジャパンが発売するポケットエコー「Vscanシリーズ」。2021年にはワイヤレスタイプの「Vscan Air CL」が登場、スマホやタブレット端末を使用した簡便な画像共有も可能になった。最新モデルの「Vscan Air SL」は、セクタとリニアのデュアルプローブを搭載、高分解能での描出が求められる表在臓器の検査にも対応できる。Bモードとカラーフローモードに加えてパルスドプラとMモードの機能を新たに搭載したことで、血流や心臓の動きの評価などより多角的な検査が可能になった。初代Vscanから愛用している泰川さんは、在宅現場におけるポケットエコーの有用性を高く評価する。
「Vscanはポケットエコーと呼ばれるだけあり持ち運びがしやすく、画質も進化しています。セクタとリニアの2つのプローブが搭載されていて、体の表面に近い部分から深部に至るまであらゆる領域を観察できます。熱が出た場合でもエコーの所見によって治療の選択肢が広がります。在宅現場ではワイヤレス化したことで出し入れにかかる手間が省け、より使いやすくなりました。日常診療ではパルスオキシメーターの次に多用している診療ツールです」
泰川さんがVscanを使い、在宅医療の現場で撮影した画像が上記2点。①は102歳の頚髄損傷で寝たきりの女性の症例。新型コロナウイルスに感染、呼吸不全となったため往診し、胸部にエコーを当てたところ胸膜ラインから深部に伸び、肺の水分含有量が増える時に現れる高輝度線状陰影のBライン(矢印)を確認。在宅酸素療法と抗COVID19薬の投与を開始したことで、呼吸不全が改善、酸素投与も中止することができた。
これまで肺は空気を多く含む臓器のため、生体内の軟部組織と空気との境界で超音波が100%反射されることからエコーでは評価できないと思われてきた。しかし、超音波画像特有の多重反射像であるアーチファクトが特徴的な像を呈するAラインやBラインのようなケースにおいては、診断に有用な情報として活用できるため、その構造を理解することが大切になる。
②は僧帽弁閉鎖不全(MR)と診断した88歳女性の画像。心不全の既往歴を持ち、呼吸不全と下肢の浮腫、収縮期雑音があったため、エコーで確認し、著明な心不全と診断した。利尿剤の投与を継続したところ浮腫と呼吸不全が改善、酸素投与量も毎分2Lから0.5Lに改善した。画像は利尿剤投与により呼吸不全改善後に実施したエコー検査によるもの。左心房の拡大や僧帽弁閉鎖不全(MR)が認められた。
泰川さんは在宅医療の現場でエコーの活用がより進むよう、全国から研修医を積極的に受け入れるなど後進の育成に力を入れている。
「エコーを使いこなすには訓練が必要ですが、自分のものにできれば診断の幅がぐっと広がります。今ではポケットエコーが普及し、価格的にも身近になったので一人でも多くの先生にエコーを活用してほしいと考えています。エコーの使い方にセオリーはなく、聴診器のように使って、自分流の診断術を作っていくことが大切だと思います」