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抗インフルエンザ薬治療のガイドラインと課題[学術論文]

No.5233 (2024年08月10日発行) P.36

菅谷憲夫 (WHO Public Health Research Agenda for Influenza委員,国際呼吸器学会(International Society for Respiratory Viruses:ISRV)理事,前 神奈川県警友会けいゆう病院感染制御センター長)

河岡義裕 (国立国際医療研究センター研究所国際ウイルス感染症研究センター長,東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター機構長,東京大学医科学研究所ウイルス感染部門特任教授)

高下恵美 (国立感染症研究所インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター主任研究官)

登録日: 2024-07-02

最終更新日: 2024-07-04

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本稿では,WHO,米国疾病予防管理センター(CDC)および日本感染症学会による抗インフルエンザ薬の勧奨について,菅谷が臨床面から比較し,耐性ウイルスについては,河岡,高下が基礎から解説する。

1. WHO重症インフルエンザ治療ガイドライン

2022年3月に,WHO重症インフルエンザ治療ガイドライン「Guidelines for the clinical management of severe illness from influenza virus infections」が発表された1)。なお,本ガイドラインは,現在,改訂中である。

(1)健康人のインフルエンザは抗インフルエンザ薬治療しない

本ガイドラインは,欧米でのインフルエンザに対する考え方を反映し,リスクのない健康成人・小児の軽症インフルエンザは,抗インフルエンザ薬治療の対象としていない。欧米では,抗インフルエンザ薬治療は重症化と死亡の防止を目的とし,健康人のインフルエンザ治療は,アセトアミノフェンの投与以外は実施しないのが原則である。

本ガイドラインでは,4種類のノイラミニダーゼ阻害薬(neuraminidase inhibitor:NAI),オセルタミビル(タミフル®),ザナミビル(リレンザ®),ラニナミビル(イナビル®),静注ペラミビル(ラピアクタ®)を対象としている。バロキサビル(ゾフルーザ®)は十分なデータがなかったため,検討対象とはしていない。詳細については,感染症学雑誌の総説を参照して頂きたい2)

(2)ハイリスク患者はオセルタミビル治療

本ガイドラインでは,インフルエンザ患者を,リスクがある群とない群に分けて,リスクがある群全例に早期のオセルタミビル投与を推奨している。そして,インフルエンザと診断された重症患者(入院患者と同意)と,慢性の肺疾患,心疾患,糖尿病など基礎疾患を持つハイリスク患者,65歳以上の高齢者,6歳未満の低年齢小児,妊婦と分娩後2週以内の褥婦,高度の肥満者などを治療対象としている。そのため,たとえば高齢者,低年齢の乳幼児は,軽症のインフルエンザであってもオセルタミビルの早期治療対象となっている。一方,リスクのない健康な人は,重症の場合のみ治療対象となっている。

日本小児科学会の指針では,幼児をハイリスクとして抗インフルエンザ薬の投与対象としている3)。一方,「多くは自然軽快する疾患でもあり,抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない」とも記載しており,ややあいまいな「推奨」となっている。つまり,幼児の軽症インフルエンザは抗インフルエンザ薬治療の必要性はない,と誤って解釈される余地があることに注意が必要である。

(3)オセルタミビルの死亡防止効果を確認

抗インフルエンザ薬では,唯一,オセルタミビルが勧奨されている。一方,ザナミビル,ラニナミビル,静注ペラミビルは「使用しない」ことが勧奨されている。本ガイドラインの特徴は,観察研究のデータをもとに,オセルタミビルの重症化と死亡の防止効果を明確にした点である。

それによると,8編の観察研究により(n=4725),オセルタミビル治療患者では,インフルエンザによる死亡を62%減少させたことが明らかにされた〔95%信頼区間(CI):0.19〜0.75〕。2編の観察研究では(n=1万4445),入院を35%減少させた(95%CI:0.48〜0.87)。さらに,心合併症や,肺炎合併についてもリスクを低下させた。

日本では「オセルタミビルを使用しても,発熱など症状が短縮するだけで,重症化や死亡を防止しない」という情報が,時に報道されるが,それは誤りである。WHOは本ガイドラインで,正式にオセルタミビルの早期治療による重症化と死亡の防止効果を認めている。

(4)オセルタミビル以外は「使用しない」

オセルタミビル以外のNAIは「使用しない」ことが勧奨されている。その理由は,WHOが重要視する重症化と死亡の防止効果が不確実,あるいはデータが不十分であったためである。ただし,オセルタミビル耐性ウイルス(NA-H275Y変異)が流行した場合には,耐性ウイルスに有効なザナミビルやラニナミビルを「使用しない」という勧奨は適用されない。WHOは,ペラミビルは静注で投与できるので,イレウスなどでオセルタミビルを内服できない症例に有用と考えられるとしている。

(5)わが国のインフルエンザ診療との比較

日本のインフルエンザ治療の基本的な考え方は,「健康成人・小児を中心に,すべてのインフルエンザ患者を抗インフルエンザ薬で早期に軽症の段階で治療し,それが結果として,国民全体の重症化と死亡の防止につながる」というものである。日本のインフルエンザ診療は,2009年のA(H1N1)pdm09のパンデミックでは,非常に少ない死亡者数と妊婦の死亡ゼロを記録した4)5)。日本の死亡が驚異的に少なかったことは,WHOから高く評価されている6)

2. 米国CDCによる抗インフルエンザ薬の選択

米国CDCでは,キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(cap-dependent endonuclease inhibitor)バロキサビルを加えた,抗インフルエンザ薬の選択のガイドラインを発表している7)。同ガイドラインでは,オセルタミビル,ザナミビル,静注ペラミビルの3種類のNAIとバロキサビルを対象としている。

米国では,日本と同様にインフルエンザ合併症のリスクのない健康な外来患者にも,発症48時間以内であれば抗インフルエンザ薬治療を考慮することを認めている。

(1)外来患者の治療

米国CDCは,気管支炎などのインフルエンザ合併症がなく,基礎疾患などのリスクがない外来患者には,3種類のNAIとともにバロキサビルによる治療を勧奨し,一方,高齢者と基礎疾患を有するハイリスク患者には,外来ではオセルタミビルないしバロキサビルの治療を勧奨している。

しかし外来患者であっても,インフルエンザによる合併症がある場合とハイリスク患者で基礎疾患悪化が認められる場合は,オセルタミビルによる治療が勧奨されている。オセルタミビル奨の理由はWHOガイドラインと共通で1),重症化と死亡の防止効果が証明されているからであるが,加えてランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)のメタアナリシスによる報告 8)9)を根拠としている。

一方,オセルタミビルは,B型インフルエンザに対してやや効果が低いことは知られているが10),ハイリスクの外来患者を対象にしたRCTで,B型インフルエンザ患者に対する症状改善時間は,バロキサビル群のほうがオセルタミビル群に比べて有意に短縮させたことが付記された11)

(2)入院患者(重症患者)の治療はオセルタミビル

米国では,入院患者にはオセルタミビル治療が勧奨され,早急な治療開始が強調されている。入院時にオセルタミビルを開始すると,入院期間が短縮し死亡リスクを減少させる可能性があるが,バロキサビル,ザナミビル,静注ペラミビルには,入院患者治療の十分な有効性のデータがないので勧奨されていない。

(3)免疫抑制患者の治療はオセルタミビル

免疫抑制患者では,オセルタミビルによる治療が勧奨されている。バロキサビルは,免疫抑制患者での有効性,安全性,耐性に関するデータがなく,また免疫抑制状態では,インフルエンザウイルスの複製(replication)が長期化し,治療中または治療後に耐性ウイルス出現が懸念されるため,耐性変異の出やすいバロキサビルは「単独使用しない」ことが勧奨されている。

(4)妊婦と授乳婦の治療はオセルタミビル

妊婦と授乳婦のインフルエンザ治療には,安全性,有効性が確認されているオセルタミビルが好ましいとされている。バロキサビルは,妊婦,授乳婦での有効性,安全性のデータがないので,「使用しない」ことが勧奨されている12)

(5)NAIとバロキサビル併用の有用性はない

NAIとバロキサビルの併用は作用機序が異なるので相乗効果が期待されたが,入院患者を対象としたRCT13)で,併用治療とNAIの単独治療とで,臨床効果に有意差がみられなかった。さらに,抗癌剤の治療を受けていた2名の患者でdual antiviral resistance(バロキサビルとオセルタミビルに対する2重耐性,PA-I38X変異とNA-H275Y変異)が出現した。米国CDCは新たな併用の治験を実施中である。

3. 日本感染症学会のバロキサビル使用の提言

2023年11月に,日本感染症学会のバロキサビル使用についての提言が改訂された14)。12歳未満の小児に対する提言は,「バロキサビルの投与経験は少なく,本剤の推奨について考察する臨床的・ウイルス学的データも十分ではないため,今後も慎重な投与適応判断が必要」と,前回と特に変わりはない。

以下,成人に対する提言について述べる。

(1)外来患者の治療

提言では,12歳以上の青少年,成人の外来治療は,バロキサビルをオセルタミビルと同等の推奨度に位置づけている。一方,米国CDCの基準では,外来患者にインフルエンザ合併症が生じた場合や基礎疾患悪化が認められた場合には,オセルタミビルによる治療が勧奨されているが,日本感染症学会の提言では,その点についての記載はない。

また,米国CDCでは,バロキサビルは,妊婦と授乳婦に対する有効性,安全性に関するデータがないので,妊婦,授乳婦のインフルエンザ治療にはバロキサビルを使用しないことが勧奨されているが12),日本感染症学会の提言には妊婦,授乳婦についての記載がない。

(2)重症患者および免疫不全患者におけるバロキサビルの投与

日本感染症学会の提言では,米国CDCとは異なり,推奨/非推奨を論じることのできるエビデンスは不十分としながらも,重症患者および免疫不全患者の治療において,バロキサビルの選択を可能とした。特記すべきは,免疫不全患者のインフルエンザの治療において,バロキサビルを選択することを可能とした点である。

健康成人を対象にしたバロキサビルの治験では,耐性変異(PA-I38X)は,A(H3N2)に感染した患者で9.7%,A(H1N1)pdm09では2.2%,B型インフルエンザでは2例で検出された15)。一方,免疫不全患者ではウイルスの増殖が継続しやすいため,バロキサビルなどの抗インフルエンザ薬で治療すると,健康な人よりも耐性変異ウイルスが出現する可能性が高くなることに十分な注意が必要である。

4. 抗インフルエンザ薬耐性ウイルス

抗インフルエンザ薬耐性ウイルスは,世界的流行を過去に2回引き起こしている。2005~06年のアマンタジン耐性ウイルス(M2-S31N変異)と2008/09シーズンのオセルタミビル耐性ウイルス(NA-H275Y変異)である。M2-S31N変異ウイルスは遺伝的に安定で,野生型ウイルスと同等の病原性,増殖能および伝播能を持つことが知られている16)。NA-H275Y変異ウイルスは一般に適合性が低下し,野生型ウイルスより増殖能が低いことが知られていたが,世界的流行を引き起こしたNA-H275Y変異ウイルスは適合性を上昇させる許容変異を獲得しており17),ウイルスの増殖能と伝播能が上昇した結果,野生型ウイルスよりも伝播しやすく,病原性が高くなったことが報告されている18)。さらに,これらの耐性ウイルスはウイルス表面のHA蛋白質の変異により抗原性が変化していたため,宿主の免疫を回避し,急速な感染拡大が起こったと考えられている19)20)

バロキサビル耐性ウイルス(PA-I38T変異)は,野生型ウイルスと同等の病原性,増殖能および伝播能を持つことが明らかになっている21)。バロキサビルの治験ではPA-I38T変異ウイルスが最も多く検出され,中でもA(H3N2)ウイルスに感染した6歳未満の小児では耐性ウイルスの検出率は52.2%に達した22)。市中ではPA-I38T変異は散発的に検出されているが,耐性ウイルスのヒトからヒトへの感染伝播も報告されており23),感染拡大を速やかに把握するため,WHOを中心に継続的な監視が行われている24)

おわりに─免疫不全患者への抗ウイルス薬投与は慎重に判断

WHOのガイドラインでは,重症化と死亡の防止を治療目的として,4種類のNAIの効果について,観察研究を検討した結果,オセルタミビルのみを選択肢としている。米国CDCの2023/24シーズンのガイドラインでは,3種類のNAIとバロキサビルについて検討し,入院患者と気管支炎など合併症を有する外来患者にはオセルタミビルの早期治療が勧奨され,WHOと同様の選択となっている。

一方,日本感染症学会の成人向けの提言では,エビデンスは不十分としながら,重症患者および免疫不全患者の治療において,バロキサビルの選択を可能としている。

免疫不全患者では,健康な人よりも抗インフルエンザ薬耐性ウイルスが出現する可能性が高く,野生型ウイルスと同等の病原性,増殖能および伝播能を持つ耐性ウイルスの出現も危惧されるため,薬剤投与は慎重に判断する必要がある。

【文献】

1WHO:Guidelines for the clinical management of severe illness from influenza virus infections. 2022.
https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/352453/9789240040816-eng.pdf?sequence=1

2)菅谷憲夫:感染症誌. 2023;97(2):42-6.

3日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会:2023/24 シーズンのインフルエンザ治療・予防指針.
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20231122_influenza.pdf

4)Sugaya N, et al:J Infect. 2011;63(4):288-94.

5)Nakai A, et al:J Obstet Gynaecol Res. 2012;38(5):757-62.

6)WHO:WHO Public Health Research Agenda for Influenza, Background Document, Stream 4. 2018.
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/259887/WHO-WHE-IHM-GIP-2017.7-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y

7)CDC:Influenza Antiviral Medications Summary for Clinicians 2024.
https://www.cdc.gov/flu/professionals/antivirals/summary-clinicians.htm

8)Malosh RE, et al:Clin Infect Dis. 2018;66(10):1492-500.

9)Dobson J, et al:Lancet. 2015;385(9979):1729-37.

10)Sugaya N, et al:Clin Infect Dis. 2007;44(2):197-202.

11)Ison MG, et al:Lancet Infect Dis. 2020;20 (10):1204-14.

12)Chow EJ, et al:Open Forum Infect Dis. 2021;8(6):ofab138.

13)Kumar D, et al:Lancet Infect Dis. 2022;22(5):718-30.

14)日本感染症学会:キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬 バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)の使用についての新たな提言(2023.11.27改訂). 2023.
https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=54

15)Hayden FG, et al:N Engl J Med. 2018;379(10):913-23.

16)Tisdale M:Antimicrobial Drug Resistance. Mayers DL, ed., Humana Press, 2009, p421-47.

17)Takashita E, et al:Antimicrob Agents Chemother. 2015;59(5):2607-17.

18)Baz M, et al:J Infect Dis. 2010;201(5):740-5.

19)Bright RA, et al:Lancet. 2005;366(9492):1175-81.

20)Kelso A, et al:Nat Med. 2012;18(10):1470-1.

21)Imai M, et al:Nat Microbiol. 2020;5(1):27-33.

22)Takashita E:Cold Spring Harb Perspect Med. 2021;11(5):a038687.

23)Takashita E, et al:Emerg Infect Dis. 2019;25(11):2108-11.

24)Govorkova EA, et al:Antiviral Res. 2022;200:105281.

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