2024年は北里柴三郎イヤーですので、今回は北里柴三郎先生の血清療法に関連してヤマカガシ咬傷についてお話しします。
ヤマカガシは水田や河川に生息し、カエルを捕食します。河川の護岸の整備や水田そのものの減少により、その数自体が減少、かつ小型化し、ヤマカガシ咬傷事例も減少していくと考えられてきました。実際のところ、ほんの10年前を振り返りますと2013年以降、2017年に2例の小児症例が発生するまでは、重症ヤマカガシ咬傷が発生していない期間が4年ほどありました。その当時は、重症ヤマカガシ咬傷事例は日本ではもう発生しないのではないかという見方が専門家において多数を占め、「ヤマカガシ抗毒素は不要ではないか?」と言う意見も出るようになりました。普段ヤマカガシ咬傷の治療を担当している我々でさえ、その知識やノウハウを一定の水準で維持するのは困難でしたが、研究スキームをなんとか継続していました。
そのような中で、2017年以降は再び年間1例以上の重症症例が発生し、2024年はシーズンインと思われる7月より前の6月に重症症例が発生しました。では、なぜ重症ヤマカガシ咬傷事例が再び発生するようになったのでしょうか?
その原因として、
1.我々の啓発活動や救急領域の専門医テキストへの執筆、専門医試験問題の作成などによって、今までなら見逃されていた患者がヤマカガシ咬傷と診断されるようになった
2.昨今の重症症例は中国山地周辺に多いことから、局地的にヤマカガシが増加している可能性がある
3.症例の詳細分析から、個人の嗜好・興味の多様な変化によりヤマカガシに長時間にわたって咬まれることが増加している
などが考えられますが、どれも確定的ではありませんし、正直後づけ感があります。この疑問を解くにはしばらく時間が必要でしょう。
もし、あの4年間でヤマカガシ抗毒素を使った臨床研究のスキームを終了していたら、現在の重症症例に対応することはできていません。今回の重症ヤマカガシ咬傷事例の増加から学ぶ教訓としては、ほぼ常識と思われる原則から単純に答えを求めることは逆にリスクとなりうること、やはり未来予測はきわめて難しいこと、もし予測するのであれば複数の立場の異なる専門家(+専門家以外)の意見を総合して考えるのが大切であること、だと思いました。さらに大きな判断をする場合には、記録をきちんと残して、少なくとも後世で検証できるようにしておくことが重要です。昨今の限られた予算の中で、どの領域でも様々なプロジェクトが終了していますが、いったん終了してしまうと再開するのは簡単ではありません。
一二三 亨(聖路加国際病院救急科医長)[血清療法]