栄養は,健康を維持・回復するために,その土台となるものである。私たちは通常,それを口から食べたり飲んだりすることで取り入れている。
生物は生きるためにエネルギーを必要とするが,自らエネルギーをつくりだすことはできず,エネルギーを消費し同化(合成)することによって高分子をつくりだし,高分子を異化(分解)することによってエネルギーを得ている。同化のスタート地点は植物の細胞内小器官である葉緑体で太陽からのエネルギーをもとに行われているものである。一方,異化の大部分は,植物・動物共通の細胞内小器官であるミトコンドリアで行われている。生物が生きるためのエネルギーは,元をたどれば太陽からのエネルギーがいったん高分子となって,それが食物として届けられていると,とらえることができる。
次に,人間にとって「食べること」の意味を,改めてとらえ直しておきたい(図1)。第一に,食べることは生きるためのエネルギーの源,すなわち栄養を手に入れる手段である。また,体をつくる元となっている。生物学的な意味はこれにあたる。第二に,食べることは生きる楽しみを感じる時間である。毎食,おいしく食べることは,生きがいの中心とも言える。食べることに問題が生じているシチュエーションでは,気持ちの面も気にかける必要がある。第三に,食べることは家族や仲間とのふれあいの場であり,団らんの楽しい時間である。食べることに問題が生じると,社会的な問題も同時に生じているということも,気にかける必要がある。この3つのポイントは,第一から順に,ミクロな視点からマクロな視点で見ているものであり,食べることを考察する上で,どのレベルの視点も等しく大切なものである。
食物がたどる道のりを図2に示す。まずは,食物の存在を認め,食べようとする(摂食意図)ことから始まる。次に,食物を口に運ぶ(捕食)。口の中に入った食物を嚙み砕き(咀嚼),飲み込む(嚥下)。ここまでが食物を「食べる」という行為である摂食嚥下に相当する。
その後は,蠕動運動で食道,胃,腸,と消化管内を移動し,酵素などで分解(消化),消化管粘膜から血液中に移動(吸収),さらにインスリンなどの働きにより血液から細胞内に移動し,細胞質で解糖系による代謝,ミトコンドリアに移動してクエン酸回路,電子伝達系による代謝でエネルギーをATPという形にして手に入れるに至る。最後に,消化管内で消化・吸収されなかったものを排泄するというステップまで加えて,食物がたどる道のりの全体像となる1)。