ピロリ菌除菌が2013年に胃炎に保険適用されて以来、わが国の約1000万人以上が除菌されたと推定されている。その結果、胃がん死亡者数は減少し、10年後の2023年には4万人を切るまでになった。実に22.5%の減少率であり、胃がんはわが国のがん対策推進基本計画の目標である20%減を達成した、最初のがんになったのである。
これはピロリ菌除菌による直接効果ではなく、内視鏡検査をピロリ菌除菌に義務づけたことにより、内視鏡検査数が驚異的な増加を認め、予後がきわめてよい早期胃がんを発見する機会が飛躍的に増加したためと考えられる。いわば保険を使用した内視鏡検診とも言える状況になってきた。その証拠に胃がんの罹患者数に変化はみられなかったのである。
2000年に胃・十二指腸潰瘍にピロリ菌除菌が保険適用になったとき、患者数は1〜2年で減少に転じ、以後20年間で約80%も減少した。ピロリ菌がすぐに発症に関わる胃・十二指腸潰瘍と異なり、胃がんはその発症に相当な時間を要するため、除菌効果が現れるまでに、数年のタイムラグがあることは当初より予想されていた。
2016年に「全国がん登録」が始まったことにより、より正確な罹患者数のデータが得られるようになった。2016年の13万4650人をピークに胃がん罹患者数はゆっくりと減少が始まってきた。そして2020年には10万9679人と急激な減少を示した。胃がん死亡者数の減少より3年ほど遅いが、2016年に比し、18.5%の減少を示した。これは統計学的にも有意な減少であった。
2013年にピロリ菌除菌が胃炎にまで適応拡大されたが、保険認可後の除菌数は年に150万件前後にまで急増した。胃がんの死亡者数の減少から3年を経て罹患者数の減少もみられたことから、ピロリ菌除菌の胃炎への適応拡大は、わが国の胃がん対策においてきわめて大きな足跡を残したことになる。世界的にも政府の対策により、1つのがんを抑え込もうとする試みで成功を収めたものはない。がん検診では死亡者数を減少させることは理論上可能であるが、罹患者数を減少させることはできない。すなわち二次予防ではなく、原因療法である一次予防の成功例であると胸を張って言いたい。政府、特に厚生労働省は保険認可の責任官庁である故、今回の結果をともに喜んでくれることを期待している。
浅香正博(北海道大学名誉教授)[ピロリ菌除菌][保険認可]