〔要旨〕心臓組織移植ホモグラフト(大動脈弁や肺動脈弁)と心臓移植では,心臓組織移植のほうが歴史は長いですが,両者は近代心臓外科にとって,ともに必要なものです。わが国ではこの2つは法律の存在の有無によってわけられていますが,多くの接点があります。それは,①臓器移植に適さない心臓の場合,組織移植に転用が可能であること,②心臓移植レシピエントからの摘出心から組織移植用の弁付き大血管が利用できること,③小児心臓移植レシピエントから摘出した弁付き大血管を難病等に用いることで初めての成長する弁置換術(partial heart transplantation)が開始されたこと,などです。わが国のホモグラフトの提供は少なく,若い女性の妊娠・出産が可能となるロス手術が日本から消えかかっています。心臓移植レシピエントからのホモグラフト利用を広めるべきであると信じています。
臓器移植法に基づく初の心臓移植が国内で1999年に行われて以来,はや四半世紀を経て1)2),2024年9月時点で,心臓移植件数の総数は900例近くに達しました3)。臓器提供数は徐々に増加してきましたが,増加する移植待機者数に対応するにはまだまだ不十分で,人口数当たり提供者数は世界最低レベルにとどまっています。一方,組織移植では提供者数はさらに少なく,「組織移植」の知名度の低さも原因と言われています。
「臓器移植」には法律がありますが「組織移植」には法律がありません。どうしているのかというと,2001年に私どもが設立した「日本組織移植学会」が定めたガイドライン4)に則り,運用することが厚生労働省で承認されています。このガイドラインは英文にも翻訳されWHOにも届けており5),日本の組織移植の基盤となっています。
現在,組織移植には心臓弁・大血管,皮膚,骨,羊膜,膵島が含まれ,すべて保険医療として承認されるに至っていますが,知名度が低く,その提供は低調で,とても需要に対応できていません。「法律有りと無し」の障害の1つは,それぞれのドナーコーディネーター(Co)が違う組織団体に属していることです。臓器移植Coは公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク認定と,組織移植Coは一般社団法人 日本組織移植学会認定と異なっており,別個に存在しているため,協調はして頂いていますが,それぞれの立場でご家族やご遺族への説明と承諾が必要となっています。ご家族・ご遺族にとっては二度の同様の説明を強いられることになります。一度であれば,説明を受けるほうもわかりやすく時間も節約できるはずですので,この壁を超える必要があります。
私の専門領域であります心臓弁・血管移植(ホモグラフト)は,心臓移植との関連は深いものがあります。脳死の方で,心臓移植に適さない心臓の場合や心臓死の方々からご本人の意志表示やご遺族の同意のもとにご提供頂き,液体窒素を用いた凍結保存法で保存されます。使用にあたっては,感染症に関する厳しい基準をクリアしなければなりません。ホモグラフトの利点は細菌性感染症に抵抗力があることで,弁・弁輪の破損を含む重篤な細菌性心内膜炎等に対する治療6)7),ワルファリンなど催奇性のある抗凝固薬使用の必要性がまったくありません。したがって妊娠・出産を希望する若い女性に対するロス手術等に肺動脈弁ホモグラフトが用いられ,わが国でも長期(35年以上)にわたる良い結果が示されています7)8)。しかし,提供数は少なく,日本からロス手術が消えかかっています。
このホモグラフトの提供数を増やすために,私どもが現在行っていることをご報告し,ご支援を賜れば幸いと存じます。心臓移植を受けたレシピエントの摘出心臓から弁や大血管を頂き,肉眼で正常と判断されれば,これを凍結保存して,前述の目的に供することです。外国では古くからrecycle useと称して行われており,何ら遜色のない結果が報告されています9)。本邦での心臓移植のレシピエントには小児でも成人でも心筋症が多く,その大動脈・肺動脈などの弁付き大血管には病的異常が少ないことが,利用を可能としています。さらに,心臓移植を受けたレシピエントの方々も「自分の病気だった心臓も人の役に立つのか」とむしろ喜んで下さることが多く,これが全国で普及すれば,年間100例に近い数の提供が可能となるかもしれません。Nakazawaら10)も心臓移植レシピエントからの摘出心の再利用は倫理上,十分許容されるもので,心臓移植のインフォームド・コンセント取得時に説明すべきであると報じています。
さらに最近,米国ではpartial heart transplantation(部分心臓移植)と呼ばれている新しい手術が始まっています11)。これは小児心臓移植を受けたレシピエントの心臓から直ちに大動脈・肺動脈とその弁を採取し,すぐに総動脈幹遺残症(指定難病207)などの患児に移植するものです。凍結保存はしませんが,心臓移植と同様,免疫抑制療法が必要です。移植された心臓弁は,小児の成長に合わせて成長することが証明され,「成長する弁置換術」として初めての手術です。このように新しい手術法も出現し,「臓器移植」と「組織移植」の狭間はますます縮まっています。両者は法の許容する限り,緊密に行われるべきものと感じています。
【文献】
1)松田 暉, 他:医事新報. 1999;3926:20-3.
2)北村惣一郎, 他:医事新報. 1999;3948:16-23.
3)日本臓器移植ネットワーク:臓器移植件数.
https://www.jotnw.or.jp/data/brain-death-data.php
4)日本組織移植学会:ガイドライン.
https://www.jstt.org/guideline/
5)日本組織移植学会, 編:日本組織移植学会別冊規約集(Japanese Society of Tissue Transplantation: Guidelines for Tissue Transplantation). へるす出版, 2006.
6)Preventza O, et al:J Thorac Cardiovasc Surg. 2014; 148(3):989-94.
7)Kitamura S, et al:Surg Today. 2011;41(4):500-9.
8)Morimoto K, et al:Circ J. 2015;79(9):1976-83.
9)Feindel CM, et al:J Heart Lung Transplant.1991; 10(4):614-6.
10)Nakazawa E, et al:BMC Med Ethics. 2018;19(1):77.
11)Turek JW, et al:JAMA. 2024;331(1):60-4.