刑務所・少年院などの矯正施設では、被収容者に対する医療・健康管理(矯正医療)に長く携わる医師、一般医療の現場で磨き上げた技術を持って新たに矯正医療の世界に飛び込んだ医師がそれぞれ能力を発揮し、日々医療の提供に取り組んでいる。本シリーズでは、様々な経歴を持つ矯正医官への取材を通じて、矯正施設でキャリアを積むことの意義、キャリアを活かすことの意義を浮き彫りにしていきたい。第1回は、矯正医官として豊富な経験を持つ西日本成人矯正医療センター長の市川昌孝医師に話を聞いた。
矯正施設のうち刑事施設(刑務所、拘置所など)の医療システムは3層、少年施設(少年院、少年鑑別所)の医療システムは2層に階層化され、頂点に位置する医療専門施設と第三種少年院が、矯正医療の砦として専門的治療が必要になった被収容者を受け入れている。
全国に4カ所ある医療専門施設の中で主に西日本の刑事施設の医療を支えてきた大阪医療刑務所が、全面改築工事を経て2024年4月に「西日本成人矯正医療センター」として生まれ変わった。センター長に就任した市川さんは、2002年に宇治少年院医務課に採用されて以来、20年以上にわたり矯正医療に携わってきたベテランの矯正医官だ。
「大阪医療刑務所から西日本センターに改称しましたが、役割に変わりはありません。ただ、スタッフの責任感・自覚はより強くなったと思います。病床数は210床で、440床以上の病床数を有する東日本成人矯正医療センター(東京)の約半分の規模ですが、足りない機能を双方で補い合いながら全国の矯正医療を支えていますので、例えば東日本センターで対応困難な東日本の症例を西日本センターが引き受けることもあります。互いに協力して、受刑者の医療をできる限り矯正施設の内部で完結したいと考えています」
呼吸器内科を専門とする市川さんはこれまで、一般施設の宇治少年院(2008年閉院)、職業指導に力を入れた基幹施設である浪速少年院、第三種少年院の京都医療少年院、医療専門施設の旧大阪医療刑務所と多様な矯正施設の現場を経験してきた。最初に配属された宇治少年院では、日々の健康管理や診療に当たる中で、やんちゃな中高生が寂しさを紛らわせながら必死に生きる姿に心を打たれることもあったという。
「昼間は虚勢を張っていた少年が夕方になると寂しくなって泣いている姿を見て、社会に戻るまでしっかりサポートしなければという意識が自分の中に芽生えました。私は父親が学校の教員をしていて、教師になりたくなくて医師になったはずでしたが、気がつけば同じような仕事に就いているなと思ったりしました」
医師1人であらゆる疾患に対応していた宇治少年院時代とは違い、各科の診療体制が整備された京都医療少年院では専門の内科診療に集中することができたが、その分、少年たちとの関わり合いは減った。その後、浪速少年院、京都医療少年院で医務課長を務め、2020年に大阪医療刑務所の医療部長に昇任した。
この間、市川さんは矯正医官の仕事と並行して、京大病院、国立病院機構京都医療センターで臨床研究などの仕事も続けた。一般病院で診療に明け暮れていた頃と比べ仕事・生活にメリハリがつき「体力的・精神的に充実した日々を過ごすことができた」と振り返る。
現在のセンター長職に相当する大阪医療刑務所の所長に就任したのは2023年。「医療スタッフだけでなく刑務官も束ねる所長が私にできるかと思いましたが、周囲のサポートのおかげで何とか務めています」
新病棟は2022年12月に完成。医療管理棟と庁舎棟も出来上がり、2024年10月より稼働している。感染症の診療体制が整備され、陰圧室を33床確保。かつて3床だった人工透析のベッドは18床に増えた。64列CTスキャナー、MRI、マンモグラフィーも導入され、医療機器・設備は充実したが、医師のマンパワーはさらに強化する必要があると市川さんは語る。
「医師は定員19名中17名(2024年12月現在)まで充足していますが、需要に応えるには特に外科(消化器外科、呼吸器外科)、泌尿器科、血液内科、呼吸器内科の医師がまだ足りません。週3回の透析を回すために透析管理ができる医師ももっと増やしたいと思っています。呼吸器内科に関しては、施設外勤務として近隣の国立病院機構近畿中央呼吸器センターで週19時間まで研修を受けられる体制も確保しています。それ以外の診療科を専門とする先生であっても、きっとご要望に合う施設がありますので、ご関心がある方はぜひ一度見学に来ていただきたいと思います」
被収容者にも生存権があり、適切な医療を受ける権利がある。健康が損なわれれば出所後に経済的に困窮し再犯の可能性も強まる。矯正医療の経験を積み重ねる中で市川さんが感じてきたのは、刑務官とともに社会復帰支援、再犯防止に取り組み、日本の治安を根底から支える矯正医官という仕事のやりがいだ。
「困っている人に対し直接手助けできるということがあって医師の道を選んだ方は多いと思います。困っている人を助けるために救急医療や矯正医療に何年間か身を捧げることはとても価値のあることです。矯正施設内の患者は皆不安を抱えていて、普段は強がっていても診療の際には違う姿を見せ、感謝もします。誰かがやらなければいけない仕事ですので、社会貢献に喜びを持てる方にぜひ手を挙げていただきたいですね」
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矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)