「矯正医療の砦」として西日本成人矯正医療センター(12月28日号掲載・前回記事参照)などとともに全国の矯正施設の医療を支える東日本成人矯正医療センター。同センターの医療第一部長を務める小川俊治医師は、23年前にバイト先を探す中で矯正医療と出会い、「天職」と感じるほど矯正医官の仕事の面白さにはまっていった。シリーズ「矯正施設でキャリアを積む・活かす」第2回は、ベテラン医官の小川さんに矯正施設での経験を振り返っていただくとともに、矯正施設が求める医師像について語っていただいた。
民間病院で泌尿器科医として働いていた小川さんが受刑者の診療や健康管理を行う矯正医官という仕事を知ったのは30歳の頃。大学院に進むにあたりバイト先を探していたところ、出身大学の教授から「常勤だけど研究日もある」職場として関東医療少年院(現在の東日本少年矯正医療・教育センター)を紹介され、2001年4月から矯正医官として働き始めた。
関東医療少年院は病院機能を持ついわゆる「第三種少年院」。小川さんは主に身体疾患を担当したが、そこで思いもよらない数々の症例に出会った。
「想像もできないような考え方・行動をする子どもたちを目の当たりにして、これは一般病院とは全く違う世界だと思いました。無意識に嘘をつく子、過度に依存的な子などがいて、『どうしてこのように育ったのか』という個々の背景や特性を見極めないと治療につなげられず、初めて『人を診る』ことを学んだように思います。民間病院で働いていた時は検査データや画像を見て『人を診る』というよりも『病気を診る』という感じでしたが、少年院はそれでは通用しない世界でした。ちょっと面白いかもしれないと思って居着いてしまいました」
大学院での研究よりも、何が起こるか分からない少年院の現場のほうが性に合い、いつしか矯正医療に専念。結局、関東医療少年院には10年以上在籍した。
次に配属された職場は、東日本成人矯正医療センターの前身である八王子医療刑務所。主に専門的治療を要する成人の受刑者を収容する八王子医療刑務所は、当時深刻な医師不足に陥っており、小川さんは守備範囲を広げて多様な疾患を診る必要に迫られた。
「医師が不足する中で専門的な医療を行わなければいけない状況でしたので、とにかく勉強して、いろいろな症例を診て、守備範囲を広げていきました」
八王子医療刑務所は東日本成人矯正医療センターへの施設移転という大きな課題も抱えていた。小川さんは2018年1月の移転時期が迫る中、医療部長(当時)という重要な職務を引き受けることとなった。
「移転と言っても、完全に新しい病院を別の場所につくる事業で、診療体制の整備、電子カルテの導入、医療安全システムの構築など膨大な量の仕事がありました。『一般社会でも病院の移転などそうはない。ましてや医療刑務所の移転など経験できることではない』と思って根性で頑張りましたね」
現在は、医療第一部長としてセンターの運営に携わりながら、泌尿器系の患者や透析患者の診療を担当。患者は慢性疾患を持つ高齢の受刑者が多いが、通常の医療なら退院させて通院に移行するレベルの患者でも、矯正医療では退院できない場合があり、医療スタッフは患者と長く付き合う能力が求められる。
「刑期が終わるまで長期的に患者とお付き合いをする必要がありますので、どちらかと言うと我慢強い方、多少トラブルがあっても抱え込まず、ある意味上手に流せる方が向いている職場だと思います」
東日本成人矯正医療センターの常勤医師は2025年1月現在、定員24名中21名まで充足している。しかしまだ内科の医師などが不足している状況だという。
「足りない部分は非常勤の医師で補っている状況です。特に守備範囲の広い内科医や透析の管理ができる内科医、泌尿器科の先生に来てもらえると助かりますね。あと、呼吸器外科医が不在のため肺がんの手術などを外部の病院で行わざるを得なくなっていますので、胸部外科、呼吸器外科の先生も大歓迎です」
矯正医官の仕事は「まさに天職でした」と振り返る小川さん。矯正医療のやりがいはどこにあるのか。
「型通りの治療ではうまくいかないケースが多いのでストレスもかかるけれど、いろいろ勉強しながら対応すれば最終的にはなんとかなる。イレギュラーな症例に対応するところに面白さがあると思います」
勤務時間は平日昼間のみで原則残業がなく、フレックスタイム勤務も選択できるなど、子育て・介護との両立がしやすいところも矯正医官という仕事の魅力だ。
「年休もしっかり取れるので、矯正医療の世界に入って趣味が増えたという先生は多いですね。女性も安心して働ける職場なので、東日本センターでも現在6名の女性医師が常勤医師として勤めています。私自身も親の介護をしながら勤務していますが、生活のリズムを維持するにはとてもいい職場だと思います」
西日本成人矯正医療センターなどと協力しながら、できる限り外部の医療機関に頼らずに矯正医療を完結することが東日本成人矯正医療センターの目標。ワークライフバランスを実現しながら社会貢献したい医師に最適な職場と言えそうだ。
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矯正医官募集サイト(法務省ホームページ内)