2025年2月10日、東京地方裁判所でHPVワクチン訴訟の被告側専門家証人の主尋問があった。証人は中村好一自治医科大学名誉教授で、2015年に名古屋市で行われた7万人対象の大規模疫学調査(データは3万人)の2つの論文、鈴木・細野論文1)(名古屋スタディ)と八重・椿論文2)を疫学・公衆衛生学的な視点から比較した。尋問の文字起こしや要約は、ネットで見ることができる。名古屋スタディの生データは公開され、両論文は同じデータを解析しているが、八重・椿論文はいくつかの症状でワクチンのリスクを観察するなど、鈴木・細野論文と大きく結果が異なっている。
中村証人は、名古屋スタディを「方法は入念で、解析も様々なものを行い、非の打ち所がない」と評価し、掲載誌についても「Papillomavirus Research1)や日本公衆衛生雑誌3)という疫学論文誌で正しく評価されている」としたのに対し、八重・椿論文については、「なぜこのような解析結果が学会誌に載ったのか理解できません。まったく意義がない、というより有害」と断じ、「日本看護科学雑誌(JJNS)はワクチンの安全性に関して守備範囲ではない」と掲載誌にも否定的な意見を述べた。
八重・椿論文で使用された変数study periodについて、「接種者と非接種者で観察期間が異なり、非接種者で長くなるということがバイアスを呼び込みます」とバイアスのメカニズムを説明し、「なぜこのような誰も理解できないような方法をとったのか」と方法論を否定した。study periodのバイアス性は、筆者も八重・椿論文撤回請求レター4)でも指摘したが、JJNSは方法論的な議論を行わず、撤回要請を棄却した5)。それが裁判で再燃した形になっている。
凡そ、科学的に正誤がつく議論を学術論文で行わず、判定を司法にゆだねるとしたら、それは科学の敗北を意味すると思うが、JJNSはそうは考えておらず、今回の「有害発言」に対しても動きはない。八重・椿論文が2019年に出版されて以降5年にわたり、その不適切さを繰り返し訴えてきたが、学会演題が不採択になるなど、JJNSからは黙殺されている。
また、八重・椿両氏は、ベテランの統計学者であり、論文がミスや不注意で書かれたとは考えられず、不適切なところは指摘しているので、確信的に結果を歪めていると判断せざるをえない。そうであれば、「その意図は何か」という話になる。八重氏は薬害オンブズパースン会議のメンバーであったが、会議の事務局長が薬害裁判の弁護団共同代表を務めているなどのつながりもある。八重・椿論文のCOIは、「なし」になっているが、中村証人は「このCOIについてどう思うかと研究者10人に聞いたら、全員が問題ありと答えた」としている。また、「椿氏は論文の共著者になったばかりに、年齢調整が誤りなど研究者生命にかかわる発言をさせられ気の毒」とも述べている。反対尋問は5月に行われる。
【文献】
1) Suzuki S, et al:Papillomavirus Res. 2018;5:96-103.
2) Yaju Y, et al:Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):433-49.
3) 鈴木貞夫:日公衛誌. 2024;71(11):667-72.
4) Suzuki S:Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):500-2.
5) Holzemer WH:Jpn J Nurs Sci. 2019;16(4):507-8.
鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[HPVワクチン訴訟][名古屋スタディ]