【Q】
がん患者が,いったん退院して在宅療養に移行するというケースがしばしばあります。本人・家族が在宅看取りを望んでいる場合には,できるだけ希望に沿えるよう努力をしますが,苦痛や不安が強い場合には,一時的に緩和ケア病棟に入院をお願いすることになります。緩和ケア病棟に移るタイミングや本人への説明など,在宅医療と緩和ケア病棟との連携をよりよくする工夫について,東京都保健医療公社豊島病院・山田陽介先生のアドバイスをお願いします。
【質問者】
箕岡真子:東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野 客員研究員/箕岡医院内科医師
【A】
緩和ケアは全病期にわたって必要な医療であり,早期から抗がん治療が円滑に行えるような支持療法や心理的なケア,経済的な不安へのケア,家族ケアなど,多岐にわたる問題の解決に向けて,主治医ひとりで対処しようとせずに多職種で関わっていく必要があります。ご質問は特に「抗がん治療が困難になりつつある患者」を想定されていると思われますので,そうした状況での「患者・家族と医療者も安心して過ごせる体制(在宅⇔入院医療)をつくるための工夫」と「意思決定支援の工夫」についてお答えいたします。
医療技術の進歩により現在では適切な医療を受けていれば強い苦痛によって悲惨な経過をたどる患者は稀になりました。しかし,いまだに「すべてのがんの完治」や「がんによる全身衰弱を防ぐこと」はできていません。特に「がん悪液質」については,ほとんどの患者が経験し日常生活や介護に大きなインパクトがあるにもかかわらず,患者・家族が事前に説明を受けていないことが多いものです。がん悪液質は2011年にEuropean Palliative Care Research Collaborative(EPCRC)により「脂肪損失の有無に関わらない骨格筋の減少」と定義され(文献1),その後の研究で予後に影響する骨格筋減少などのpoor prognostic factor(文献2)も明らかになっています。最近の緩和ケアではいかにして患者の筋力を維持するかということも重要になっており,がんリハビリテーションが積極的に行われています。
ほとんどのがん患者がこうした比較的急速な筋力低下に見舞われるのであれば,どのような医療体制が必要でしょうか。「急な状態変化への対応」はもちろんのこと,「ADLの低下に合わせて患者も介護者も互いに休息することができる環境の提供」が必要です。病院側としては「症状の軽重にかかわらず希望時に入退院ができ,症状緩和をはじめとする専門的な緩和ケア・リハビリテーションが受けられる体制」をつくることが理想的と考えられます。在宅医療を行う医療者にとっても「必要なときにいつでも戻ることのできる緩和ケア専門病床」との連携は大きな安心感につながります。病院側は「救急受診時の各科協力体制の確立」と「緩和ケア専門病床が満床であっても他科病床を利用できる」といった工夫が必要となります。
意思決定支援における工夫として,最初に患者と(患者が指定した)家族が同席の上で「バッドニュースを含む内容を患者自身が知りたいか否か」を確認するという方法があります。「知りたくない」場合には患者に「代理人」を指定してもらうようお話しします。このようなステップを踏まないと,患者本人の「知る権利」または「知らされない権利」が侵害されてしまいますし,もし本人不在のまま家族の意向だけが優先された場合には,その後の医療を円滑に行えなくなることもあります。
こうした基本的な意思確認をした上で,患者本人または代理人に,前述のような「今後予測される状態の変化」について説明し,どのタイミングで緩和医療に専念することを望んでいるのか,療養の場は在宅が中心か否か,どのような医療機関(緩和ケア病棟も含む)を利用したいのかといった意思決定を支援することになります。
現在,緩和ケア病棟には「入退院を繰り返すことができる病棟」と,「退院を前提としていない病棟」とがあり,患者・家族のニーズによって選択が必要です。ただし,地域によっては医療機関の選択ができない場合も多く,せめて緊急時の受け入れについては病院側ががん患者の特性と家族ケアに配慮して地域の在宅医療を円滑に行えるよう工夫を凝らす必要があると考えます。
緩和ケアは病期にかかわらず提供されるべき医療ですが,抗がん治療から緩和ケアに「専念」するタイミングについては多くの方が悩みます。病院側は「抗がん治療時から緩和ケアチームなどを利用して積極的に緩和ケア(支持療法・ケア)を行っていくこと」「将来,抗がん治療が行き詰まったときに備えて,事前に専門的な緩和ケアについて相談ができる体制を整備すること」が必須であると考えます。
1) Fearon K, et al:Lancet Oncol. 2011;12(5):489-95.
2) Martin L, et al:J Clin Oncol. 2013;31(12):1539-47.