【Q】
肝硬変患者の門脈圧亢進時の粘膜保護のためランソプラゾールを投与したところ,肝酵素が上昇し腹水貯留を認めた。利尿薬を内服し,ランソプラゾール中止後に肝機能は元に戻り,腹水も消失した。肝硬変患者に対してランソプラゾールなどのプロトンポンプ阻害薬(PPI)投与が原因となり腹水貯留を呈することはあるか。また,考えられる機序について。 (福岡県 F)
【A】
「ランソプラゾール投与後に肝酵素が上昇し腹水貯留を認めた」という,きわめて稀な有害事象に関する質問である。本質問には肝機能検査値の時間的推移,および併用薬剤の詳細についての情報が含まれていないため,正鵠を射た回答でない点をご容赦頂きたい。
PPIの薬理学的作用として,直接的に腹膜での水分透過性に影響を与えることは臨床的経験からも考えにくい。むしろ,PPIによる薬剤性肝障害をきたした結果,肝でのアルブミン合成能が低下し,既存の門脈圧亢進状態も相まって腹水貯留をきたしたと考えるのがより合理的である。
ランソプラゾール添付文書(文献1)によると,「黄疸,AST(GOT),ALT(GPT)の上昇等を伴う重篤な肝機能障害(0.1%未満)」が認められたと記載されている。また,ランソプラゾールの医薬品インタビューフォーム(2002年6月)(文献2)によると,肝臓・胆管系障害の頻度は1.67%と報告されており,発症が服用後4日目~9週後と比較的早期であることから,アレルギー性機序が想定されるという。
なお,ランソプラゾールによる腹水貯留の有害事象に関して製造販売元に問い合わせたところ,過去に数例あるが,具体的内容については提供不可との回答であった。
ランソプラゾールは主として肝薬物代謝酵素C YP2C19またはCYP3A4で代謝されるが,前者のCYP2C19には遺伝子多型が存在し,日本人を含むモンゴロイドでは約10~20%がpoor metab-olizer(PM:ゆるやかに代謝される群)である。また,PMはextensive metabolizer(EM:速やかに代謝される群)に比して,12時間血中濃度時間推移下面積(AUC0-12),半減期(t1/2)ともに2.6倍であったとするデータ(文献3)があり,PMでは血中にランソプラゾールが長く停滞することになる。
大西(文献4)は「慢性C型肝疾患患者における肝機能低下とP450遺伝子多型との関連」について,オメプラゾールを用いた詳細な検討を行った。その結果,健常成人に比してCYP3A代謝クリアランスが慢性肝炎で36%低下,肝硬変で50%低下し,CYP2C19代謝クリアランスについては慢性肝炎で78%低下,肝硬変で91%低下していること,さらに,肝機能障害と遺伝子多型が重なるとCYP2 C19のin vivo代謝活性は相加的に低下することを報告している。
したがって,本患者がランソプラゾールのPMであった場合,アレルギー性機序による肝機能障害が加わってCYP2C19活性がさらに低下し,肝機能低下を増悪させた結果,腹水貯留を呈した可能性は十分に想定しうる。
【文献】
1) タケプロン OD錠15・30 添付文書情報(2011年5月改訂).
2) タケプロン カプセルOD錠 医薬品インタビューフォーム(2002年6月改訂).
3) KEGG MEDICUS:医療用医薬品:タケプロン.
[http://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med japic_code=00052317]
4) 大西明弘:慈恵医大誌. 2011:126(2);71-8.