株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

植物に悪性腫瘍はみられる?

No.4788 (2016年01月30日発行) P.70

塚谷裕一 (東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 発生進化研究室教授)

登録日: 2016-01-30

最終更新日: 2016-10-18

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

動物の寿命は高々100~150年ですが,植物が何千年も生きられる理由は何ですか。また,植物にも悪性腫瘍はできますか。 (東京都 F)

【A】

ご指摘の通り,植物は哺乳類のような生物とは寿命のあり方が異なります。通常は1年草として栽培されるアサガオですら,適切な気温と適度な日長の環境下に置けば,何年でも開花し続けることができます。これにはいくつかの理由がありますが,植物の場合は,もともと体のつくり方,発生の仕方が動物と異なります。哺乳類の場合,胚の発生の間に体のパーツのほとんどをつくってしまい,あとはそれらを発達させつつ細胞を更新する程度です。しかし植物の場合は,胚の完成時に用意されているのはわずかに子葉と胚軸,幼根のみであり,成体の大部分は,日々継ぎ足されていく葉,茎,根といった器官からなります。これにより植物個体のサイズは大きくなり続けることができます。器官形成が一生を通じて行われるのも,この形態形成の特徴です。
植物は体の先端部分に常に細胞分裂の盛んな頂端分裂組織を維持して,ここから新しい根や新しい葉,茎をつくり続けます。すなわち植物においては,不死化した幹細胞が常に体の末端(分岐した構造の先端も含む)に維持されているのです。
この不死化の要因として最も大きいのはテロメアの調節でしょう。動物細胞の場合はよく知られている通り,染色体の末端配列が細胞分裂のたびに短くなり,そのために細胞分裂の回数に限りが生じます。それを回避するのがテロメラーゼで,動物においても特定の幹細胞あるいは癌細胞ではこの発現が昂進して,細胞が不死化しています。植物では頂端分裂組織の幹細胞が不死化しているので,いつまでも器官形成を続けられるのです。
なお,樹の幹のような構造のうち,実際に活きているのは,その表面を覆う部分のみです。それ以外は,先に形成されて細胞分化の後,不要になって死んだ組織です(いわゆる材の部分)。幹においては,その表面を覆う表皮の直下に,シート状の幹細胞が残されており,その活動によって体を太らせることができています。
ちなみに哺乳類などでは,細胞周期を昂進させるような遺伝子改変を行うと,細胞が癌化しますが,植物では同じことをしても癌化しません。頂端分裂組織などにおいては,細胞周期を昂進させればその分,細胞分裂がスピードアップしますが,その後の分化段階になると,細胞分裂が強制終了を受けるためです。この強制終了の分子メカニズムはまだわかっていませんが,細胞が容易に脱分化して全能性を発揮することができる,植物ならではの安全弁のような仕組みと考えられます。

【参考】

▼ Zellinger B, et al:Biochim Biophys Acta. 2007;1769(5-6):399-409.

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top