地域枠を語る上では、まず「なぜ今こうなっているのか」という歴史的経緯を知っておく必要があります。
1973年に「一県一医大構想」が打ち出され、全国に医学部がつくられました。医局の派遣機能もあったのでしょうが、私は恐らくこの構想は、医師の地域偏在を緩和する面でかなりうまく作用したのだと思います。
出身地の大学を卒業した医師は地元に残る傾向があるようで、一県一医大構想というのは、意識的にか無意識的にか、そうした傾向が生かされた政策だったように思えます。その傾向は、以前から世界的に観察されていて、例えば1993年、ノルウェーで、地元出身者は医学部卒業後も地元に居着くというエビデンスに基づき、「鮭の母川回帰」にたとえた研究者もいます(Home-coming salmon仮説)。人々の暗黙の了解を明示化した仮説と言えます。
一県一医大構想もそんな了解が無意識のうちにあったのでしょう。しかし、この構想の目算は90年代に狂ってきます。
そうです。私は「地域医療崩壊」が強く言われ始めた2006年頃、「恐らく医学部の偏差値がバブル崩壊の頃から急上昇しているだろう」と考えました。学生に協力してもらって調べてみると、果たしてその通り。90年頃には偏差値45周辺という私立医学部もありましたが、バブル崩壊以降、理系の他学部の偏差値が落ち込む中で、医学部は急上昇し、どこもかしこも「難関」になりました。
同様の現象は、97年に通貨危機を経験した韓国でも起こっています。