卒業後、医師として各地の病院や診療所に勤務し、生活した。その間、各地の住民との会話の中で各地の方言、俚言に接した。特に診察室における医師としては患者の苦訴なり、その状況判断を明確に把握しなければならない。ことに高齢者の病状は多岐にわたり、家庭的環境の複雑なことが多い。診断の参考として高齢者のおかれた状況も考慮しなければ、治療の指導や、その効果が的確とはならない。また、その地域に溶け込むには人々と対等に接しなければならない。そこに地方での方言、俚言をなるべく知っておく必要がある。
地元の人は地元の言葉を使い慣れていて方言とは気づかないし、他郷の人でも、この地方で長く生活すると耳慣れして、気づかなくなる。
この数十年ばかりの間に、方言が薄れてきたことは事実である。方言を知っていても使わない世代に移っているからである。
学校での良くない思い出のひとつに予防注射がある。注射をするほうもいい気はしない。母親が予防注射に連れてきた子の上着の袖を引き上げ、腕を差し出す。「注射は嫌だ!コラエテーナ!」とむずかる子に針を刺す。「痛うあらせんけえ、チト、コラエーヤ」母親がなだめている。
毎年、同じことの繰り返しである。診療の最初によく出てくる言葉として、「ナントダーアリャセンケド、ナントモアリャセンケド」。「他に別条ないけども」の意であるが、この地方では謙遜ないし自己弁護の方便として、診療の最初によく出てくる言葉として、印象深い。「ナントモアリャーセンケド。朝マリから腹がシボリヨル」。
今後とも、因幡地域における医療関係の方言、語彙を集めて研究したい。