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蟻 [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.135

西田俊朗 (国立がん研究センター中央病院病院長)

登録日: 2017-01-05

最終更新日: 2016-12-26

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少し前に話題になった蟻の話である。蟻のコロニーには「働かない蟻」が常に2割ほどいるそうだ。そして「働かない蟻」が存在しないと、コロニーは死滅してしまうらしい。皆が一斉に働くということは、言い換えれば、ある時期皆が一斉に疲れてしまうことを意味する。皆が一斉に疲れ、仕事をしなくなるとコロニーが致命的な状況に陥るリスクが上がるから、とのことである。「働かない蟻」は、「働いている蟻」が疲れたときに働き始め、組織全体としてリスクヘッジをしているのだそうだ。よく考えてみると、病院など確かにそうで、常に誰かが働いている組織では、常に働かない人を一定数確保しておく必要がある。短期的な効率性を求めるのではなく、長期的な展望で人員を確保しなさい、ということであろうか。

これも蟻の話である。蟻は餌を見つけると、餌を巣に運ぶためフェロモンで仲間を呼び集める。集まった仲間のほとんどは、フェロモンにつられ教えられた道筋に沿って正しく餌を運ぶ。中にはできの悪いのがいて、うっかり違った道筋を取る蟻もいるらしい。できの悪い蟻の多くは間違った道筋にはずれるのだが、中にはより短い経路を見つけるやつが出てくる。そうすると、優秀な蟻だけの集まりよりは、こんなポカ者が混じっているほうが、組織全体としてはより効率的になり、生存競争に勝つらしい。

遺伝学でも同じようなことを学んだ記憶がある。突然変異の多くは、環境に対して益を生まないもので、時に致死的でさえある。が、中にはより環境に適した、しかも、新しい環境に適した変異を生じることがある。突然変異がなければ、環境が変わった瞬間にそれまで環境に適していた種は絶滅する。突然変異がランダムに起こっているおかげで、今日まで生命は続いてきたはずだ。

一方で、我々の世界では無駄を省き効率性を上げ、会社も人も全力で走ることが求められている。贅肉を落としリーンでなければ、競争社会では生きていけない、と。しかもこの過当競争は、大いなるストレスを生む。

こんな話がある。ニューヨークで働く、エリートビジネスマンの数十%が仕事のストレスで業後、精神科でカウンセリングを受けている。名医のところには長蛇の列ができ、名医は診療が終わった後、診察のストレスで、こっそりと別の医師のカウンセリングを受けているとか。

私達は蟻のように働いているが、もう少し、蟻並みに効率よく無駄を組織に取り込まないとまずい気がする。特に創造性を求める研究の世界では。

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