1992年、振動障害の研究でストックホルムにいたとき、街ゆく乳母車の多さにびっくりした。スウェーデンでは、1983年に合計特殊出生率が1.6まで低下した後、社会サービスを充実させるなどして、1990年代に合計特殊出生率が2.0を超えるまで回復した。その状況を反映していたのだろう。その後、種々の要因により、スウェーデンの出生率はまた低下したが、最近、若干回復傾向にあるようだ。
ストックホルム滞在中は、デイサービス・ケア、グループホーム、老人病院、認知症病棟などを見学する機会もあった。それらの先進的な取り組みは、その後日本でも見られるようになった。スウェーデンの当時の様子は日本の近未来を見るようであった。ただ、わが国で乳母車が行き交う街の光景には、いまだ遭遇していない。
経済ニュースで、頻繁に「物価安定の目標である消費者物価の前年比上昇率2%達成できず」の報道がされる。少子高齢化により急激な人口減少が生じているので、物価上昇は難しいのではないかと思う。最近のわが国の抱える課題の多くは、この少子高齢化に関連しているのではないか。大学での講義「人口」で、学生に対して、少子化対策はわが国の最重要課題のひとつだと強調してきた。ただ、最重要課題であるといいながら、誰かがどこかでやってくれるはずだと考えていた。
私は1980年代から、職業病の研究や生活習慣病の予防の研究に関わってきた。研究対象者は、壮年期の働く人々であった。最近、鳥取大学は、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参画し、私もこの研究に関わるようになった。日本疫学会は社会貢献として疫学研究支援事業を行っているが、その事業を利用して当教室に来られるのは、地域の小児科の先生方である。テーマは、乳児の栄養と健康の研究などである。意図したわけではないが、いつの間にか母子分野の研究に関わるようになっていた。次世代の子どもたちの健やかな成長のための研究は、少子化対策につながるであろう。様々な分野で少子化に向き合うことが重要ではないだろうか。乳母車が行き交う街をめざし、できることはやろうと思う。