医師偏在の問題に対して、最近「地域枠」学生の実態調査が実施されました。現在、全国医学部定員の約2割(1617/9262人)が「地域枠」で入学しています。筑波大学の前野哲博氏らの研究グループは、地域枠学生の医師不足、地域医療に対する認識や進路選択についてアンケート調査を行い、高学年になるにしたがって専門思考が強くなり、卒後の勤労義務や時間的拘束、経済的理由、初期研修病院選択のしばりなどに不安やストレスを感じている学生が多いと報告しています。一方、卒後の進路選択となる要因は、8割が「実習体験」や「学問・診療技術の魅力」、6割が「出会った患者からの影響」や「ロールモデルの存在」としています。
そこで地域医療学習の重要性を、自己体験も交えて考えてみたいと思います。平成9年に金沢医科大学に赴任した当時の地方大学が抱える最大の問題は医師不足でした。都会の大学とは違い、数少ない医師には総合的能力が求められます。私は耳鼻咽喉科医ですが、何年かぶりに扁桃の手術や鼻の手術も手伝うことになり、若い頃に戻ったようで新鮮な気分でした。また地方の医師は訪問診療で僻地へも往診に行くことが求められます。ある患者さんを訪問したときに「わしは、体は病めて弱っているが、これを忍び、耐える心は今でも強いぞ」と話されたことが今でも忘れられません。僻地で病院まで出てこられない患者さんたちは、医師が来てくれるのを待ち望んでいます。その場で十分なことができなくても、話を聞き、体に触れ、適切なアドバイスをするだけでも患者さんは安心されます。これがまさに医療の原点ではないでしょうか。
「病気を診る前に人を診る」ことを態度・人間性教育の中で強調しておりますが、それは理屈ではなく、自らが実体験を通して学ぶものだと思います。そのために本学では、昨年度から「地域医療学」の講義と公立穴水総合病院「能登北部地域医療研究所」での実習を取り入れました。所長の中橋 毅教授は、将来の医療を担う若い医師の卵達に地域・介護実習を通して、これからの医療のあり方を考えて欲しいと願っておられます。実習先の1つである孤島(舳倉)の診療所には1名の医師が在住しており、島民の「たった1人のお医者さんがそこに居てくれるから私たちは島を去りません」という言葉の通り、そこには患者(住民)と医師との強い信頼関係、つながりが理屈ではなく自然にできているのです。
今、地域医療実習の本質を見つめ直し、このような人間ドラマを通じて医師と患者との心の触れ合いの大切さを学生一人ひとりが実感して欲しいと思います。