2013年に大きな話題となったvalsartan 事件は、わが国における臨床研究の問題点を明らかにした事件であったといえよう。この事件ではNovartis社の社員が非常勤であった大学の職員の名前で臨床研究の最終的なまとめを行い、その結果Novartis社の製品に有利なデータが論文化され、会社の講演会でその臨床研究の結果が関連した医師達によって度々報告された。このような事件が起きた背景に、わが国には生物統計学の専門家が少ないことが挙げられる。
わが国には現在、公衆衛生大学院4校、ならびに公衆衛生学コース(2プログラム)定員合計数100人となっているが、ソウル大学の450人、マヒドン大学の1400人に比べて著しく少ない数である。生物統計学を専門とするのはPhDの方が多く、その方々は製薬企業に就職されている。
本庶教授が発見されたPD-1に対する抗体(Nivolumab)の臨床研究はJohns Hopkins大学で行われ、発表されている。小野薬品工業のマーケットは、日本・台湾・韓国に限られ、他国はブリストル・マイヤーズ社、メルク社によって占められている。間野教授が肺の非小細胞肺癌のdriver遺伝子として発見されたELM4-ALK融合遺伝子に対する阻害薬は、ファイザー社が既にほかの目的で開発しており、Crizotinibに対する臨床研究も米国・韓国で行われている。酒井教授が開発されたMEK阻害薬Trametinibも国際共同研究の形で行われ、市場もGSKによって独占されている。このような状況が起こる理由として、臨床研究が始まってからPMDA(医薬品医療機器総合機構)に申請するまでの期間が長いことが挙げられる。もう1つの理由としては臨床研究のための資金が少ないことが挙げられる。
最近、日本製薬工業協会は奨学金制度をやめて、契約による資金の提供に限るとした。企業からの臨床研究の資金が減少することが危惧される。この随筆が掲載される頃には、臨床研究法案が国会を通過しているであろう。この法案の施行によってわが国の臨床研究が質・量ともに増加することを願っている。