【長尾】 今日は「情報洪水時代の医師と患者」というテーマですが、少し前にNHKの健康情報番組「ガッテン!」で、不眠症治療薬「ベルソムラ」が糖尿病に効果があるかのような誤解を招く内容が放送されるという問題がありました。各方面から反響が大きく数日で番組ホームページに訂正が掲載されましたが、NHKの影響力は凄いもので、私の診療所にも何人か「糖尿病に効く睡眠薬をください」という患者さんが来ました。メディアで信頼性の低い情報が氾濫している状況について、患者相談を行われている立場から山口さんはどう感じていますか。
【山口】 活動を始めて27年目になりますが、一貫して感じるのは、一般の方の意識がとにかくメディアに左右されているということです。メディアはいかに目を引くかが勝負なので、そういう報道にすぐ飛びついてしまうケースが多い。またテレビは正しいと信じているということもあると思います。
【長尾】 特にNHKについては絶対正しいと信じているでしょうね。
【山口】 中でもガッテンに関しては、「ガッテンで報道されたのだからいいらしい」と医師でも疑わずに信用している人もいるようです。
【勝俣】 メディアのあり方が問われているのではないでしょうか。ベルソムラの件では、幸い権威ある2つの学会が抗議したことでNHKが謝罪、訂正しました。
【長尾】 メディアのあり方が重要との指摘がありましたが、開業医の立場から影響が大きいと感じるのが、生活習慣病に関する報道を続けている『週刊現代』です。この薬は飲んではいけない、などと過激な表現で現場を混乱させていると医師がクレームを入れている状況です。
【山口】 極論のような言葉が見出しに躍っているので、いいかげんにしてもらいたいといつも感じます。中身を実際に読んでみるとそこまで極論ではないケースもあるのですが、多くの方は見出しだけで判断してしまう。強い言葉には力があるので、惹かれてしまう人が多い。難しいところです。
【勝俣】 メディアにとどまらず医師がブログやSNSなどで危ない情報を拡散するようなケースもあり、危ないと思ったら学会や公的機関が抗議すべきです。海外の先進国では常識になっています。
【長尾】 しかし、こうした情報を求める人がやはり一定数いることは間違いない。
【勝俣】 それは仕方ないと思います。患者さんに賢くなれ、と言う人もいますが私の母のような80歳を超えた高齢者にそれを求めても難しい。メディアに賢くなってほしいですね。
【長尾】 しかし週刊誌に節度を求めるのは難しいのでは。
【勝俣】 例えば週刊現代ならサラリーマン世代がターゲットなので、読者の理解力は決して低くない。現代に加え『週刊文春』や『週刊新潮』辺りにはそういう自覚を持ってほしいと思います。ただNHKがこんな状態では日本に信頼できるメディアはないと言っていい。私は国立がん研究センター在籍時にメディア教育を担当していました。メディアを批判するのではなく、医療者がメディアと協力して正しい情報を出すようにしていくことも必要だと思います。
【長尾】 医学界とメディアが情報交換する場はほとんどありませんね。
【山口】 日頃から知識として賢くという意味ではなく、「賢い患者」になりましょうと言っているのですが、高齢者の方にそこまで求めるのは難しい。鵜呑みにしてはいけないと感じているとは思うのですが、過剰な報道があると同じことが何度も繰り返されてしまう。民度というか一般の方の意識も変えていく必要があると思います。
【長尾】 雑誌は部数、テレビなら視聴率がすべてですし、どんどんエスカレートしていく傾向にあると感じます。規制を求める声もありますが、表現の自由との兼ね合いもありハードルは高い。無視するというのも1つの手ですが、どう対峙すればいいのか悩ましい。
【山口】 行政がするものではないでしょうしね。
【勝俣】 そこはアカデミアやNPOなどの民間団体の出番ではないでしょうか。日本には正しい医療情報を発信しようとするNPOが少ない。がん医療を見ても海外には正しい情報を発信するような団体が、民間を含めたくさんあります。日本でもそうしたNPOを育てていくことが大切だと思います。
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