世界に類を見ない超高齢化が進んでいる我が国では,高齢者に対する健康管理,健康寿命延伸が重要な課題である。高齢者人口は2013年9月15日現在3186万人,高齢者率25.0%であり,2050年頃には40%に達するとされている。これに伴い核家族化も進み,65歳以上の高齢者世帯数が現在1024万1000世帯(全世帯の21.3%)と急増している。
超高齢社会にある我が国では,国民がより健康で明るく元気に生活できる社会の構築が必要不可欠であり,行政はその実現に向けてさらなる施策を講じる必要がある。国民が求めている「健康」とは「健康寿命延伸」そのものであり,今後の我が国の労働力確保を含めた社会的側面や膨大な医療費対策の面から見ても,国が国民と一体となって取り組むべき重要課題と言える。課題として医学・医療に求められるものは,死亡原因1位であるがんへの対策や高齢者認知症対策,また心臓病や脳血管障害などのリスクファクターとされている生活習慣病対策などとともに,骨粗鬆症や関節軟骨・椎間板変性,筋肉量減少(サルコペニア)を基盤にした変形性関節症・脊椎症,脊柱管狭窄症,骨粗鬆症性椎体骨折などに伴う膝痛や腰痛,そして,転倒による大腿骨近位部骨折などへの対策である。要支援・要介護の原因になっている上記の運動器疾患への対応が喫緊の課題である。
その対策として,小学校から健康診断に運動器を加え,小・中学生から運動を積極的に行わせて骨粗鬆症対策を早期から開始すること,運動器の重要性を啓発すること,そして,社会人になっても,必ず骨・関節・脊椎・筋力・バランス機能などの運動器機能の健診を実施し,健康な運動器を高齢になっても維持できるようにすることが重要である。さらに,女性に多い骨粗鬆症も,これからは高血圧と同様に対策を講じるべき疾患と思われる。また,骨・関節・脊椎だけを評価するのではなく,最近特に注目されてきたサルコペニアやロコモティブシンドローム(運動器症候群)も整形外科医が中心となって取り組むべき課題である。
「健康立国日本」を維持するため,国は2013年度から新たに「健康日本21(第2次)」をスタートさせたが,運動器から「ロコモティブシンドロームの認知度向上」と「足腰に痛みのある高齢者の割合の減少」が取り上げられた。運動器を扱う整形外科にとって大きな前進であるとともに,その役割,責任は大きい。
一方,厚生労働省と社団法人日本専門医制評価・認定機構が進めている国民に分かりやすい専門医制度の構築は最終段階に入っているが,2013年度に整形外科では手外科と脊椎脊髄外科の2つがサブスペシャルティ領域の専門医として承認された。手外科は日本整形外科学会と日本形成外科学会が,脊椎脊髄外科は日本整形外科学会(日本脊椎脊髄病学会)と日本脳神経外科学会(日本脊髄外科学会)がそれぞれ協議し,歩み寄り,一体となって構築した専門医であり,従来の診療科の枠を超えた画期的なものとして評価されている。
本稿では,脊椎,上肢,下肢,骨粗鬆症,骨腫瘍の各分野のトピックについて,当教室の各臨床班チーフに概説をお願いした。
最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC 4/超高齢社会における骨折予防に向けた骨粗鬆症 治療薬の新たな展開
超高齢社会にある我が国では,骨粗鬆症を基盤とした脊椎椎体や大腿骨近位部の骨折患者は増加の一途をたどっているが,近年,新たなウィークリー・マンスリー服用型骨粗鬆症治療薬が相次いで登場し,その骨折予防効果が期待されている。
この1年間の主なTOPICS
1 脊椎疾患に対する安全・確実・低侵襲手術のさらなる展開
2 学会主導による手・肘外科医の手術手技向上への 取り組み─Cadaverワークショップの開催
3 関節軟骨治療の新たな展開─自家培養軟骨細胞移植への保険適用
4 超高齢社会における骨折予防に向けた骨粗鬆症 治療薬の新たな展開
5 骨・軟部腫瘍に対する分子標的薬を中心とした 治療薬の展開
脊椎疾患は加齢性疾患,脊柱変形,腫瘍性疾患,外傷,感染性疾患,代謝性疾患など多様である。これらの疾患により耐えがたい痛みや,麻痺を生じた場合には手術が必要となるが,その方法は最近ますます多様化している。椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症に対しては近年minimally invasive spine surgery(MISS)が広く行われるようになった。
日本整形外科学会が行った2012年度の脊椎内視鏡下手術に関する調査では年間1万1154件の内視鏡下手術が行われ,年々その数は増加傾向にある。椎間板ヘルニアに対する内視鏡下手術は約2cmの切開を加えて円筒形のレトラクター内で鏡視下手術を行うmicroendoscopic discectomyが現在主流であるが,さらに低侵襲の経皮的内視鏡下切除術(percutaneous endoscopic discectomy)が広まりつつあり,1泊入院手術が可能となっている。脊柱管狭窄症に対しても内視鏡下手術に加え,棘突起縦割式椎弓切除術など様々な筋肉温存式低侵襲手術が行われており,その結果,術後疼痛の軽減,早期離床・退院が可能となり,特に高齢者にとってはメリットが大きい。
変形やすべり(脊椎のずれ)を伴った場合には脊椎固定術が行われるが,これも経皮的に椎弓根スクリューを刺入して小切開で神経除圧を行うminimally invasive spine stabilizationが標準的な手術の1つになりつつある。この方法は変性疾患のみならず転移性脊椎腫瘍や脊椎感染症,外傷などにも応用され,compromised hostに対する手術の低侵襲化に役立っている。
脊椎に前方あるいは側方からアプローチする方法は,手技の煩雑さから近年敬遠されがちであったが,腰椎疾患に対して側方から小切開で経腸腰筋的にアプローチし,両側の椎骨骨皮質にまたがる大きな椎間ケージを挿入する手技が導入され,良好な固定性,変形の矯正が得られることから再び注目を浴びるようになってきた。本法は特に高齢者の脊柱変形や再手術例などには有用な方法である。
脊柱変形は乳幼児から高齢者まで広く罹患する疾患であるが,脊椎インプラントの性能向上,各種脊椎骨切り術の導入などにより,従来対応が困難であった重度変形例に対しても矯正手術が可能となってきた。特に近年の高齢化社会を反映して高齢者脊柱後側弯変形に対する手術が増加しているが,脊椎や骨盤のX線パラメーターに基づいた必要矯正量の指標も定まりつつある。
これらの手術の精度を上げるために術中ナビゲーションや術中CT(O-ArmR)などの周辺機器を導入する施設も増えてきており,また神経合併症を防止するための術中神経モニタリングについても多施設研究によりそのアラームポイントの標準化が行われている。このように脊椎手術に対する安全性や正確性はますます向上している。
最後に,2013年には特発性側弯症,椎間板変性,後縦靱帯骨化症などの疾患感受性遺伝子同定の報告が相次いだ。今後,この分野での研究が進めば遺伝子情報に基づいた早期診断・進行予測,さらには低侵襲手術による早期介入が可能となり,脊椎疾患患者にもたらす恩恵は非常に大きいと考えられる。
(松本守雄)
整形外科医の手術手技の向上は我が国の医療水準を高めるために重要である一方,技術習得のために必須なCadaverワークショップは海外に頼らざるをえない状況が長年続いていた。2012年12月に開催された日本手外科学会主催のワークショップと2013年10月に開催された日本肘関節学会主催のワークショップはいずれも専門家が関節鏡,皮弁,手術アプローチを若手参加者に教授するもので,今後の我が国の手術手技向上にきわめて役立つと期待される。
手外科領域の主な学会は日本手外科学会である。本学会は日本整形外科学会と日本形成外科学会を親学会とし,2011年からは日本医学会分科会となって,その専門医制度は2013年に社団法人日本専門医制評価・認定機構より正式に認定されている。
2013年度学術集会の主題はスポーツ傷害手の治療,高齢化社会の手外科診療,橈骨遠位端骨折治療,難渋する舟状骨骨折・偽関節の治療などであったが,昨今の手外科医を取り巻く情勢から女性手外科医のキャリア形成や手術する手外科開業医の状況,ビデオによる手術手技なども同時に企画された。主題であった舟状骨骨折は発生頻度が比較的高いにもかかわらず,未だに診断と治療に難渋する例も少なくない。昨今はMRIの普及による診断率の向上やヘッドレススクリューを代表とする手術器械が飛躍的に進歩したが,それでも10%程度の偽関節発生や再手術例が存在している。現時点では難易度の高い血管柄付き骨移植術の導入が必須であり,さらにどのような骨折が難治性となるかを確実に術前に診断する技術の開発が待たれる。
2013年度学術集会の主題は上腕骨外側上顆炎(難治例)の解明,野球肘の病態と治療,肘周辺神経障害,肘周辺の鏡視下手術,新鮮・陳旧モンテジア骨折などが選ばれた。上腕骨外側上顆炎は青壮年の活発なスポーツ活動により増えている疾患で,いわゆるテニス肘の診断の下に主にステロイド注射やエルボーバンドといった保存療法が行われる。一方,ステロイド注射を頻回に繰り返すと短橈側手根伸筋腱断裂や外側側副靱帯の断裂を生じるため,難治例となると手術的な治療を考慮せざるをえない。肘関節鏡視下での短橈側手根伸筋腱の部分切離や滑膜切除術などが近年報告されているものの,標準的な治療となりうるかは長期例での検討や他の手術との前向き比較試験などを待つ必要がある。
本学会の新しい試みは2013年10月に開催されたCadaverワークショップである。Thiel法という柔らかい固定法を施した標本で肘関節鏡手技,肘および前腕皮弁手技,肘関節への手術アプローチの実際を参加者が専門家の指導の下にトレーニングするもので,難しい手術を習得する上で有用であり,今後も手術手技向上への新たな試みが検討されている。
(中村俊康)
高齢化社会の進行および平均寿命の延伸に伴い,関節軟骨の変性は大きな社会問題になりつつある。関節軟骨には血管がなく自己修復能力が乏しいため,加齢による軟骨変性は自然に治癒することはない。特に下肢荷重関節においては,広範囲の軟骨変性が生じれば歩行などの日常生活動作が障害される。これまで軟骨の再生治療は関節外科医にとって長年の夢であったが,そのプロトタイプとも言える治療法が2013年4月1日から一部実用化され,我が国初の自家培養軟骨細胞移植として保険収載された。現時点で保険収載されている再生医療としては眼科,皮膚科に次いで3科目となる。現方法ではあらかじめ患者自身の軟骨組織を採取し,院外施設で4週間培養・増殖させた後にⅠ型コラーゲンゲル内に包埋して病巣部位に移植する。
保険適用上は外傷性軟骨欠損と離断性骨軟骨炎に限定されているが,高額療養費制度を適用すれば自己負担額は10万円以下であり,今後さらに浸透していくことが予想される。現在,細胞のソースや培養法,鋳型として用いるマトリックスをさらに進化させた後発の新技術も多数待機しており,将来は変形性膝関節症や関節リウマチへの適応が期待される。
現状では変形性関節症や関節リウマチによる重度の膝関節障害に対しては人工膝関節置換術(total knee arthroplasty;TKA)が主流で,その件数は年間約7万件に達している。しかし,欧米のレジストリの解析結果からTKA患者の約20%以上に“違和感”が残存し,手術に満足していないことが最近明らかにされている。これは人工股関節置換術に比べて有意に劣る結果であり,これを受けてTKAの手術法に新たな動きが出てきている。
1つは関節内の十字靱帯をすべて温存して,純粋に摩耗した軟骨面のみをインプラントで置換するという新デザインの開発である。以前から十字靱帯の付着部には,深部感覚受容器が存在することが知られており,十字靱帯を温存できればTKA後の“違和感”は消失する可能性がある。
もう1つは下肢の機能軸の問題である。これまで40年以上にわたり,TKA時に内反(O脚)変形膝はまっすぐに矯正すべきとされてきた。しかし,生来内反していた膝をニュートラルに矯正することで“違和感”が生じる可能性もある。患者が持つ本来の生理的内反を術後に再現するconstitutional varusの概念を検証する臨床試験がすでに欧米ではスタートしている。この概念は人工関節マテリアルの耐摩耗性が向上し,内反を許容できるようになった結果生まれたものである。TKAの歴史は70年,そして軟骨再生治療の歴史はまだ始まったばかりであるが,膝関節外科の歴史は細胞生物学と材料工学の進歩とともに歩んできた道である。
(二木康夫)
近年の超高齢社会の到来を受けて,骨粗鬆症および骨粗鬆症を基礎疾患とした骨折患者数は増加の一途をたどっている。近年の統計では,骨粗鬆症の罹患患者数は約1280万人,大腿骨近位部骨折の1年間の発生数は19万件に達するとされるなど,その対策は急務となっている。
骨折の予防のためには骨粗鬆症の治療が欠かせない。骨粗鬆症領域では毎年のように新たな製剤が保険適用・薬価収載を受けて臨床の現場に投入されており,2013年も新たに以下の3剤が登場した。
まず2月28日に販売になったのが,リセドロン酸ナトリウム水和物の75mg製剤(ベネット®,アクトネル®)であり,もともと17.5mgのウィークリー,2.5mgのデイリー製剤としてすでに臨床で使用されていた製剤のマンスリー製剤になる。ビスホスホネート系製剤の内服薬は,服薬の複雑さ(朝食前にコップ1杯の水のみで服用し,服用後は30分程度臥床しない),および服用時の胃痛などの消化器症状の出現などから,服薬コンプライアンスの向上が服薬の継続における課題であった。
近年では,この服薬コンプライアンスを上昇させるため長期製剤化が進んでおり,本剤もマンスリー製剤として服薬回数を減らすことで,服薬に関するデメリットを回避し,服薬が継続されることが期待される。マンスリーでも,これまでのウィークリーやデイリー製剤と同等の骨折予防効果が期待できる。
続いて,6月11日に発売されたのがデノスマブであり,破骨細胞分化に必須のサイトカインであるRANKL(receptor activator of nuclear factor κB ligand)に対する中和抗体製剤になる。もともと多発性骨髄腫や固形癌の骨転移による骨病変に適応がある120mg製剤(ランマーク®)を,骨粗鬆症治療薬の60mg製剤(プラリア®)として発売したもので,120mg製剤は4週間に1回,60mg製剤は半年に1回の皮下注製剤となる。骨粗鬆症の治療薬では初めての生物学的製剤で,分子標的治療薬になる。注射製剤であるので,服薬に関するデメリットはなく,また長期製剤としてのメリットを持つ。デノスマブ投与に伴う低カルシウム血症の治療および予防のため,デノタスRチュアブル配合錠を1日1回2錠服用する。
最後に8月29日に販売開始となったのがイバンドロン酸ナトリウム水和物であり,1mgのワンショット静注のマンスリー製剤(ボンビバ®)である。ビスホスホネート系製剤の1種であるが,注射製剤にすることで前述のような服薬に関するトラブル,また点滴製剤の時間的な拘束を回避することが期待される。
上記3剤はいずれも骨吸収抑制系の製剤であり,長期製剤化の象徴のような製剤となっている。また,生物学的製剤の登場など,骨粗鬆症治療薬は今後も新たな製剤の登場が期待される一方で,その使い分けについては今後整理される必要があると考えられる。
(宮本健史)
2012年は「多発性骨髄腫による骨病変および固形癌骨転移による骨病変」に対する抗RANKL抗体デノスマブ(ランマークR)と「悪性軟部腫瘍」に対するパゾパニブ(ヴォトリエントR)という分子標的薬が骨・軟部腫瘍領域に登場した年であった。
デノスマブは破骨細胞の形成や生存に必須の蛋白質であるRANKLを標的としたモノクローナル抗体で,用量と用法は異なるが,プラリアRは骨粗鬆症治療薬としても承認を得ている。以前から,骨転移に対してはゾレドロン酸(ゾメタR)の効果が示されており,デノスマブの登場で骨転移治療薬の選択肢が広がり,これを機に筆者らの施設では骨転移外来が開設され,骨関連事象(skeletal related event;SRE)の予防と軽減に努めている。
一方,パゾパニブは経口のキナーゼ阻害薬で,海外では化学療法の治療歴がある進行性悪性軟部腫瘍のほかに,進行性腎細胞癌の適応で承認を取得している。
今後,これらの薬剤の治療効果について,実際の使用経験を基に,まとまった解析結果が発表される日も近いと考えられる。2013~14年にかけては,悪性軟部腫瘍領域で数種類の新規化学療法薬の治験が進んでおり,近い将来これらの薬剤を臨床の現場で使うことができる可能性が高いと考えられている。近年,他の領域では新規分子標的薬の導入とその適応拡大が進み,がん患者の治療法は大きな変化を遂げている。ここに来てようやく,骨・軟部腫瘍の領域にもこの波が訪れ,特に骨転移に対する抗RANKL抗体,悪性軟部腫瘍に対するパゾパニブの出現は,従来の治療に一石を投じる大きな出来事であったと言える。
また,2013年6月には,骨転移で先に承認を受けていた抗RANKL抗体が,米国食品医薬品局(FDA)から,「切除不能または切除手術により重篤な合併症を引き起こす可能性が高い骨巨細胞腫を有する成人および骨格が成熟した青年の治療」に対して追加承認された。骨巨細胞腫に対する治療効果は,病理組織学的および放射線学的に多施設共同非盲検試験で観察されており,Lancet Oncology誌で報告されている。
骨巨細胞腫の治療は切除後の再発率が高く,脊椎などの体幹発生例では再発を繰り返すことで腫瘍の悪性転化を来し,不幸な転機をたどることもある。このような例に対して抗RANKL抗体は,投与初期から骨巨細胞腫のマーカーである血中TRACP5bを低下させ,臨床的には骨破壊が修復されることが知られている。また,抗RANKL抗体投与後に手術を行った例では,切除材料の病理学的検索で,巨細胞の消失と骨形成を認めている。これにより,以前は切除困難または切除により重篤な合併症を生じる可能性があった骨巨細胞腫に対して抗RANKL抗体を投与することで,手術の回避,または縮小手術にとどめ機能温存を図る治療法も選択できるのではないかと考えられる。2014年中には我が国でも保険承認が予定されており,臨床現場においてその有用性を確認したいと考えている。
(森岡秀夫)