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松本良順(6)[連載小説「群星光芒」290]

No.4879 (2017年10月28日発行) P.66

篠田達明

登録日: 2017-10-28

最終更新日: 2017-10-24

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  • 若白髪の老中小笠原長行殿は「漢籍に通じ詩文をよくする才人」と評判が高く、奥女中たちにも「世情に通じた面白い御方」と人気があった。

    しかし、わしは以前から長行殿の素顔を知っていた。天候にひどく敏感で、絶えず己れの体調を気に病む小心者なのだが、表面はなにくわぬ顔で取りつくろう。

    あけっぴろげで隠し事を好まぬわしとは肌合いがまったくちがった。

    あるとき長行殿は、わしを江戸城中の老中部屋に呼びつけた。

    「拙者どうやら風邪を患ったようだ。すまぬが『不換金正気散』を調合してもらえぬか。お忙しい松本良順法眼ゆえ、いちいちそれがしの脈をとることもなかろう」

    要は診察を省いて薬だけ出してくれというのだ。医者の腕を無視するこんな要求に応じてはつけあがる。

    「手前は洋薬を専らとする医官にて漢方の煎じ薬は役外でござる」。それから太い声で言ってやった。「ところで調薬のために奥医師を召し出すとは何たる所業でござろう。貴殿が正気散を処方されたからには貴家の漢医に調薬を命ぜられてはいかがであろう。では御免」とさっさと退出した。

    大阪城に在陣された徳川家茂公は和平交渉役として沈勇の旗本山口勘兵衛殿を長州に派遣なされた。勘兵衛殿は5700石の大身で刀術の達人である。使者として長州入りすると藩家老に申し入れた。

    「毛利侯には上洛して朝廷に不始末を謝罪して頂きたい。さすれば将軍家は全軍を大阪城から引き揚げるであろう」

    その夜、長州藩急進派が勘兵衛殿の宿舎を包囲した。寝込みを襲われた勘兵衛殿は大刀をふるって応戦したが衆寡敵せず、膾の如く斬り刻まれて無念の死を遂げた。

    「古来、戦時の使者を弑せざるは確たる定法なのに、なんたる暴挙か」

    命からがら逃げ帰った従者から勘兵衛殿の最期をきいて、怒りのあまりわしは羽織の袖を食いちぎった。

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