小売業の現場で働く人々が,高齢者と関連したどのようなトラブルで困っているのかを明らかにすることを目的として調査を行い,総合スーパー221店舗から回答を得た。その結果,1年間で生じたトラブルのうち,高齢者のトラブルが1/3以上を占めることが明らかになった。また,認知症が疑われる高齢者が関係していた事例は,トラブル全体の10%程度(高齢者のトラブルの1/4~1/3)を占めていた。具体的なトラブルの内容としては,「窃盗(万引き)」を最多と報告する店舗が最も多く,「店内での事故・けが」「代金支払い(レジ周り)」「店内での行方不明・迷子」「車の操作ミスや事故」がそれに次いだ。
「平成28年版高齢社会白書」1)によると,2015年時点におけるわが国の高齢化率は26.7%で,世界に例を見ない超高齢社会を迎えている。その中でも認知症の人は高齢者の約15%を占め,総数では500万人を超えるとも推定されており2),認知症の人をいかに支えていくかについては今後の大きな社会問題となっている。認知症は,主に認知機能や精神面に影響を及ぼす疾患であり,身体疾患とは異なる領域で様々な社会的問題を引き起こしうる。たとえば自動車運転では,認知症と診断されると車の免許が停止または取り消しとなるため,本人や家族にとっては非常に大きな問題となる3)。また,認知症高齢者は詐欺などの犯罪被害に遭いやすい一方で,万引きなどの違法行為を引き起こす可能性もあることが指摘されている4)。
被害・加害という視点だけでなく,認知症の人は地域で日常生活を送っていく上で,様々な問題やトラブルに遭遇する。たとえば「食品・日常生活品の買い物」は,日常生活を送る上で避けては通れない行為であるが,実際,高齢者が迷子になったり,転倒して怪我をするなどして困っていることが報告されている5)。小売業の現場において,高齢者,中でも認知症が疑われる高齢者がどのようなトラブルと関係しているのかの実態を明らかにすることは,今後の対策を考えるためにも非常に重要である。しかし,そうした場面におけるトラブルの実態を調査した報告は管見の限りでは見当たらない。そこで我々は,小売業の現場で働く人々が,高齢者と関連したどのようなトラブルで実際に困っているのかを明らかにすることを目的として本調査を実施した。
A企業が経営する総合スーパーの大型店および中型・小型店,合わせて230店舗を調査の場とした。アンケートへの回答は,店舗全体を把握できる立場である店長または業務副店長に依頼した。一堂に集まった場で本調査内容を説明し,同意を得た上で匿名での回答を得た。調査時期は2015年12月初旬に,店長会議にて調査票を配付し,12月22日を締め切りとして回収した。回答数は221票であり,回答率は96.1%であった。
本調査は会社の承認を得て,社内調査として行われた。アンケート内に個人情報の記載はない。また,統計処理にはIBM SPSS Statistics 23を使用した。2群間の平均値の比較にはt検定を用いて評価した。
認知症者のトラブルを検討した先行研究に準じ,本稿では「トラブル」を「物事がうまく行かないこと」や「もめごとが起こること」と定義する6)。なお,「トラブル」は認知症の行動・心理症状による問題行動に限定されるものではないことに注意が必要である6)。
店舗に関する情報として,まず立地状況が「都市・市街地型」か「郊外型」かのどちらかを確認し,さらに1日当たりの利用者数について回答を求めた。次に,高齢者に関する情報として,店舗利用者に占める高齢者の割合を調査した。
店舗におけるトラブルの実態調査としては,2015年1月から調査時点(2015年12月)までの約1年間におけるトラブルの全体件数,そのうち高齢者が関わったトラブル件数,また認知症が疑われる高齢者のトラブル件数を調査した。
次に,高齢者に最も多いトラブルは何かを明らかにするため,認知症に詳しい専門家グループと小売業の現場に詳しい専門家が話し合い,現場で「頻度が高い」と思われる7項目に「その他」を加えた8項目の選択肢から,最も多いトラブルを回答者に選択してもらうことにした。具体的な選択肢は,①店内での行方不明・迷子,②店内での事故・けが,③他のお客様との口論,④車の操作ミスや事故,⑤窃盗(万引き),⑥暴力(対人・対物),⑦代金支払い(レジ周り),⑧その他,である。
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