(大阪府 C)
まずは資料から一人称として「ワシ」が使われる地域と大阪における「ワシ」の使われ方を確認した上で,「ワシ」が「下品」と感じられてしまう理由について考えたいと思います。
『方言文法全国地図』(以下,GAJ)という,共通の調査票を用いて日本全国の方言を調査し,その結果を地図化した資料があります。調査対象はすべて男性です。この中に,「この傘はおれのだ」と①親しい友達に向かって言うとき,②近所の知り合いの人に向かってやや丁寧に言うとき,③この土地の目上の人に向かって非常に丁寧に言うとき,の言い方をそれぞれまとめた地図があります1)2)。
まず①において「ワシ」が分布しているのは,主に滋賀県,京都府,兵庫県,岡山県,広島県で,四国の瀬戸内海側,和歌山県と三重県の沿岸部などにも分布がみられます。大阪府には「ワシ」のほか,「ワイ」「オレ」といった回答があります。
次に②には,中部地方から近畿,中四国,九州地方と,「ワシ」がかなり広く分布しています。
そして③では,「ワシ」の分布は中部地方の長野県や静岡県に限られ,大阪を含む近畿地方以西ではほとんどの地点で「ワタシ」と回答されています。
ここから,「ワシ」は主に西日本で用いられるが,地域によって待遇価(丁寧さ)に違いがあること,中部地方から九州地方にかけて広く使用される「ワシ」は,非常に丁寧に話すときには使用されないものの,ぞんざいな表現ではないことが指摘できます3)。
次に,大阪の伝統方言の語彙・文法や習俗に関する事典『大阪ことば事典』で「ワシ」の項を引いてみると,「わたし〔私〕。大阪では,男子用語としては,ワイが最も下品で,次が,ワシで,東京のワタシに相当する。大阪でワタシという場合には,やや品のよい言い方で,東京でいうワタクシに当る」とあります4)。
やはりここでも,「ワシ」の待遇価が低くないことがわかります。したがって,現在の大阪においてニュートラルな一人称としてワシを使用する人がいても不思議ではありません。ただ,ご質問では「男女を問わず『ワシ』を使用している」とのことですが,GAJは男性話者を対象とした調査であり,『大阪ことば事典』にも「男子用語」とあることから,女性の「ワシ」については,資料からは不明です。ちなみに同事典では,女性の用いる一人称として「ワタイ」「ワテ」「アタイ」「アテ」などが挙げられています(「ワタイ」の項)。いずれも「わたし」に由来する語です。
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