平成時代小説文庫を代表する人気シリーズ「奥右筆秘帳」の第1巻。同シリーズは全12巻に加えて外伝1巻が出ている。上田秀人著、講談社文庫より刊行
最初はオーディオブックのAudibleで聴いた。何を間違ったのか全12巻のうちの9巻目である。シリーズの途中であるにもかかわらず、テンポのよい語り口に引き込まれてしまった。そこで、改めて第1巻から読んでみた。
奥右筆とは江戸城に詰め、幕府の公文書を扱う旗本である。いかなる公文書も奥右筆の花押が入らないと効力を持つことはない。故に幕政の諸事に通じ、地位以上の権力を持つ。したがって余禄も大きいが、思いがけず権力闘争の闇に触れ、命を狙われる事もある。
主人公の立花併右衛門はその奥右筆の組頭であったが、職務に深入りして江戸城内で起こった刃傷沙汰の秘密を知ってしまう。その結果、関係者たちから命を狙われることになり、隣家の次男坊である柊衛悟に護衛を依頼する。次々に襲い来る浪人者や忍び、僧兵に対し、剣の達人である衛悟が対峙しつつ物語は進む。
この小説の面白いところはいくつかある。まず、時代物では滅多に登場しない奥右筆を扱いながら、昔も今も変わらない人間関係を巧みに描いていること。また、時代背景の書き込みによっていつのまにか読者が江戸時代の武家の生活に詳しくなってしまうこと。そして何より、作者の上田秀人氏が歯科医であることだ。医院で診療しながら数多くの時代小説を執筆しているのには恐れ入る。
氏は奥右筆秘帳シリーズ以外にも、百万石の留守居役シリーズや表御番医師診療禄シリーズなど、色々な小説を書いておられるようだ。時間を見つけては順次、読んでいきたいと考えている。もし本稿の読者が上田秀人氏の小説に興味を持ったなら、まずは奥右筆秘帳シリーズをお勧めしたい。