(兵庫県 T)
わが国では,今から60年ほど前の1959年にそれまで併用していた尺や貫(長さと重さの単位)の一般商取引での使用が(土地建物は1966年から)禁止され,メートル法によるメートル(m),キログラム(kg)の使用が義務づけられました。その後一部の混乱はあったようですが,m,kgはすっかり我々の生活に溶け込んでいます。
SI単位は,メートル法で広く使用されているM KS単位系のm,kg,秒(s)に加えてアンペア(A),ケルビン(kb),モル(mol),カンデラ(cd)の計7つを基本単位とし,それらを組み合わせたSI組立単位(20種以上)から成り立っています1)。
圧力に関してはパスカル(Pa=m−1kg s-2)というSI組立単位で表現されます。一方,医系では血圧の単位としてmmHgが長く使用されてきており,欧米の医学系雑誌などでSI単位の表記を義務づけるものもあるとはいえ,多くの医療者にとってmmHg以外の単位で血圧を表現することは感覚的に難しいのではないでしょうか。たとえば上述の雑誌では収縮期血圧120mmHgは15.9kPaと表記されます。
わが国では,計量法に関する政令によってmm Hgなどの非SI単位を法定計量単位から削除しSI単位を採用する動きが従来からありましたが,そのたびに見送られてきました。最近でも2013年9月30日に削除されることが決定していたのですが,その期限の直前9月20日にmmHgなどの単位に関して「国内外の潮流をふまえ,生体内の圧力の計量という特殊な計量に用いる法定計量単位として規定し,期限の定めなくその仕様を可能とする措置」が講じられました。これによりmmHgおよびcmH2Oは継続して使用できることになったのです2)。したがって,今後もmmHgが継続して使用される可能性は高いと考えます。mmというような表記はなされないでしょう。
ただ,医療現場から水銀回収が進められている現状において,これからもmmHgを使っていくべきなのか再考する必要はありそうです。血圧は,1733年に英国の牧師ヘイルズ(Stephen Hales)によって世界で初めて計測されました。ヘイルズは馬の動脈に導管を挿入し,その中を血液が2m以上上昇することを観察しました。すなわち世界初の血圧測定は,水銀柱による測定ではありませんでした。水銀血圧計は,1896年にイタリアのリヴァロッヂによって考案されました。そのおよそ10年後にロシアのコロトコフが聴診によって収縮期および拡張期血圧が測定できるという画期的な手法を報告しました。それ以来,我々はこの単位mmHgに慣れ親しみ,そして縛られることになったのです。「圧力の単位としてmmHg,cmH2O,そしてPaの関係を述べよ」とか「水銀の比重は?」と医学生に聞いてみても多くが回答できません。
以下は筆者の個人的見解です。この10年ほどの間,筆者は,ヘクトパスカル(hPa=kPaの1/10)という単位の採用を提唱しています。このhPaは1992年から気圧の単位としてミリバール(mbar,mb)に代わって使用されるようになりました。台風の規模を表す単位として日本国内では定着しています。
1気圧は1013hPa,これは1033cmH2O(約10mの水柱の圧)もしくは760mmHg(76cmの水銀柱の圧)となります。すなわち1hPaはほぼ1cmH2O,そして0.75mmHgとなります。となるとまず医療現場,特に人工呼吸器系で使われているcmH2Oは多くの場合そのまま1:1でhPaに置き換えることができるでしょう。そして血圧は,たとえば120mmHgなら,120を3で割って4倍し160hPa(厳密には159ですが)となります。cmH2OとhPaがほぼ1:1の関係であることから,血液が160cmの高さまで持ち上がる圧だと説明できるわけです。
16kPaではなじめないが160hPaならcmH2Oと同等ということで,直感的に理解できます。たとえばキリンの首は長く,脳は心臓より3mほど高い所に位置します。そのためキリンは高血圧なのですが,これも「260mmHgくらい」と言うより「350 hPaくらい」と言うと,3.5m近くまで血液を運べると説明でき,とてもわかりやすいと思うのは筆者だけでしょうか。
【文献】
1) 通商産業省SI単位等普及推進委員会:新計量法とSI化の進め方. 1999.
2) 経済産業省:計量単位令の一部を改正する政令が閣議決定されました. 2013.
[http://www.meti.go.jp/press/2017/06/20170616002/20170616002.html]
【回答者】
橋本 悟 京都府立医科大学附属病院集中治療部部長 (病院教授)