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コロナ下の解剖事情[提言]

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  • 2 新型コロナウイルス陽性,またはその疑いがある場合の解剖

    では,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性,またはその疑いがあるご遺体には,どのような解剖が行われるのか。

    病院で死亡した場合,あるいは確定診断後に自宅や介護施設で死亡した場合,多くは,診断にあたった臨床医が死亡診断書を書き,病理解剖に付されることがなければ,そのまま遺族に引き渡される(実際は,火葬後まで対面できないといった問題もあった)。ただし,病理解剖の実施は年々減少しており,全数でも1万件を若干超える程度(2019年)1)である。さらにSARS-CoV-2陽性者に対する解剖は,アンケートに答えた227機関のうち11機関で合計21件(2020年4月~21年1月)とのことである2)

    警察取扱死体については,まず警察官(主に都道府県警刑事部所属の検視官)が死体を調べ,医師が検案を行う。犯罪の疑いがあれば大半は司法解剖となり,その疑いがほぼないとされた場合は,一部が調査法解剖やその他の解剖に回る。多くは医師法21条でいう“異状死体”ということになるが,自宅療養中で医師の診療を受けていない場合も含まれるだろう。警察庁刑事局の調査によると,2020年1月〜21年4月までの警察取扱死体のうち,SARS-CoV-2陽性者は403人であった。そのうち144人はPCR検査等で生前に,259人は死後に陽性であることが判明したとのことである。これは,警察取扱死体全体の約0.2%であり,決して小さい数字ではない。

    しかし,大学の法医学教室など多くの機関では,SARS-CoV-2陽性であるご遺体の解剖の実施はごく少数にとどまっており,症例報告もわずかしか行われていない。アンケートによれば,回答のあった37施設中,陽性またはその疑いのあるご遺体の解剖を実施したのは14施設であった3)。仮に,「解剖が難しい」との理由で司法解剖の件数が減ったのなら,犯罪見逃しをまねく可能性もあり,看過できない。

    感染症の研究には剖検が有用であることは,異論がないと考えられる。たとえば,ドイツのハンブルク大学附属法医学研究所では,コロナ関連死600例以上の剖検が行われ,その結果が報告されている。また,中国の研究者からも多くの論文が公表されている。それらは,病態,体内でのウイルスの分布,死亡に至る機序などを明らかにし,感染予防,感染拡大の防止,治療に役立つ可能性がある。

    3 剖検を増やすには

    では,わが国ではなぜ剖検数が少ないのだろう。根底にある理由としては,“死体を解剖する”という文化が歴史的にほとんどなかったことがあるだろう。さらに,病理解剖はこのところ世界的に減少している,ということもあるだろう。しかし,本来,COVID-19のような新興感染症に対しては,病理解剖,法医解剖という垣根を越えて,可能な限り剖検を行い,情報を共有することが必要なのではないだろうか。

    一方,剖検数が少ないことへの,臨床での第一の理由としては,十分な感染症対策がとられている施設が少ないことが挙げられる。感染を防ぐためには,解剖室を陰圧にし,天井から床に空気が流れて排気する空調と解剖台を備えなければならない。また,十分に換気をし,防護服に着替える前室を備えることなども不可欠である。しかし,こうした条件が整った施設は,感染症指定医療機関となっているいくつかの病院や,最近施設整備を行った大学の法医学部門などに限られている。さらに,十分な感染症対策がとられていても,施設長の方針でSARS-CoV-2陽性者の解剖を受け入れなかったり,あるいは警察が警察官など関係者への感染を恐れて解剖を見送ったりしたところもあったらしい。

    こうした状況を打破するには,何が必要であろうか。2020年4月に施行された「死因究明等推進基本法」(以下,基本法)4)に基づき,2021年6月に「死因究明等推進計画」(以下,計画)5)が閣議決定された。この計画については,いろいろ批判する点はあるものの6),本稿では評価できる箇所を2点指摘したい。

    第一に,「1現状と課題(1)現状」で,「それ(筆者註:監察医解剖が行われている都府県)以外の地域においては,こうした公衆衛生的観点からの分析等がほとんど行われていないという状況にある」ということを認識している点である。COVID-19関連の現状に鑑みて,正鵠を得ているように思う。

    第二に,「3死因究明等に関し講ずべき施策(5)死体の検案及び解剖等の実施体制の充実」で,「厚生労働省において,各地域における死因究明に関し中核的な役割を果たす医療機関,大学等について,感染症対策に対応した解剖,死亡時画像診断,薬毒物・感染症等の検査等を行うための施設・設備を整備する費用を支援する」という文言がある点である。感染症対策のための費用を国が負担していこう,という積極的な提案であると受け止めたい。国と地方公共団体が,“公衆衛生のための解剖が必要である”との理念を共有し,そのためには過去の制約に縛られず,予算を投入することが求められている。

    4 今後の展望

    最後に,今後どのような解剖が望まれるかについて述べたい。司法解剖は犯罪捜査目的であり,(監察医制度がない地域で行われている)承諾解剖の多くは,近年,調査法解剖に取って代わられつつある。警察取扱死体の死因を明らかにする際,事件性がほぼ疑われない場合は,調査法解剖が可能である。死因身元調査法にも,「公衆衛生の向上に資し,もって市民生活の安全と平穏を確保することを目的とする」(第1条)と書かれている。病院に入院中の患者が死亡した場合は病理解剖ということになるが,警察取扱死体の場合は調査法解剖が適切ではないだろうか。しかし,前述した通り,この解剖は特定の地域に偏在しているのが実状である。さらに,この法律の所管は警察庁であるため,公衆衛生が目的の運用に対しては否定的である。

    政府全体でCOVID-19対策に取り組むのであれば,こういった縦割りの発想を捨て,警察庁には厚生労働省と協同して,積極的に調査法解剖を進めてもらいたい。そのためにも,国を挙げて,“公衆衛生のための剖検”という観点を共有し,大胆に予算を投入することが肝要である。

    【文献】

    1) 日本病理学会, 編:日本病理剖検輯報第62輯. 2021.

    2) 平田雄一郎, 他:診断病理. 2021;38(4):374-82.

    3) 岩瀬博太郎, 他:わが国の法医解剖施設における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査および解剖に関する実態調査〔厚生労働行政推進調査事業費補助金(厚生労働科学特別研究事業)分担研究報告書〕. 2021.

    4) 石原憲治:医事新報. 2019;4981:62-3.

    5) 厚生労働省:死因究明等推進計画(2021年6月).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/shiin_keikaku.pdf

    6) 石原憲治, 他:医事新報. 2022;5103:52-4.

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