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1章 総論 2.誤嚥性肺炎薬物治療

登録日:
2022-04-06
最終更新日:
2022-04-06

ココがポイント!

誤嚥性肺炎の明確な定義はない

「誤嚥性肺炎」という病名を使用する意義(反復性,予防可能,加齢による老衰など)を考慮する

嫌気性菌をカバーすることの是非について,十分なエビデンスは示されていない

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus;MRSA)や緑膿菌といった耐性菌は,検出されても原因菌となっていない可能性が高く,当初からカバーする必要はない

1. 誤嚥性肺炎を独立した疾患としてとらえることの是非

最新知見・考え方

「誤嚥性肺炎」という病名は今日の臨床で汎用されているものの,客観的に定義しにくい。一般的には,「嚥下機能が低下した者に生じる肺炎」とされるが,誤嚥性肺炎の診断に必要な嚥下機能の評価方法が定まっておらず,また誤嚥を直視できることは非常に稀であるため,その肺炎が必ずしも誤嚥を機序とすることを担保しないといった問題がある。
誤嚥性肺炎と近縁する疾患概念として,高齢者肺炎や医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare-associated pneumonia;NHCAP)がある1)。誤嚥性肺炎とそれらとの関連性を図1に示す。

高齢者肺炎は,通常65歳以上に生じる肺炎として定義が明確である。
NHCAPは,長期療養型病床群または介護施設に入所している(精神科病棟も含む),あるいは90日以内に病院を退院した,介護(performance status 3以上)を必要とする高齢者,身体障害者,通院にて継続的に血管内治療(透析,抗菌薬,抗がん化学療法,免疫抑制薬等)を受けている者に生じる肺炎,と定義される。
誤嚥性肺炎は,いずれの肺炎とも重複する。誤嚥性肺炎は肺炎の特徴が高齢者肺炎と近似するため,ほぼ同義語として使用されることもある。しかし,高齢者であっても嚥下機能が良好であり誤嚥を機序としない肺炎をきたす場合があり,さらに誤嚥性肺炎であっても頸部や食道に疾患のある非高齢者も存在する。したがって,明確な定義はないものの,「誤嚥性肺炎」という疾患概念が臨床において使用されることに違和感はない。

【まとめ】明確な定義がないにもかかわらず,「誤嚥性肺炎」と診断する意義を考察する。まず,原因菌およびそれに適した抗菌薬の選択を考慮するためと推測する(後述)。
次に,予防可能な病態であると想定していることが考えられる。つまり,食事形態の変更,口腔内衛生の改善,鎮静薬や制酸薬の適正使用により再発を減らせる可能性があり,その検討を行うべき病態であることを意味する。
最後に,誤嚥性肺炎を繰り返している場合,加齢による寝たきりで意思疎通が困難なことが少なくない。つまり,「加齢に伴う老衰の結果としての疾患」という意味合いも含まれているものと思われる。実際に,日本呼吸器学会『成人肺炎診療ガイドライン2017』では,繰り返す誤嚥があるような病態は老衰ととらえて緩和ケアを中心に行う選択肢も示されている2)。誤嚥性肺炎の可能性,誤嚥のリスクが高い場合,良好な予後が望めないことは多くの研究によって報告されている3)

現場ではどうする

肺炎患者には,全例において誤嚥のリスク(意識障害,脳血管障害等)をスクリーニングし,リスクを1つ以上認める場合には,誤嚥性肺炎の可能性を考慮する。
「誤嚥性肺炎」と診断した根拠と意義について,患者本人やその家族,医療従事者全員が共有できることが望ましい。

2. 誤嚥性肺炎の原因菌は様々

最新知見・考え方

誤嚥性肺炎への抗菌薬選択を考える場合,原因菌を把握しておく必要がある。しかし,誤嚥性肺炎の定義があいまいであることから,原因菌を正確に示すことは困難である。
誤嚥性肺炎を独自に定義した上で,これまでに喀痰から検出された病原体を表1に示す4)。一般的な市中肺炎と同様に,肺炎球菌,インフルエンザ菌,マイコプラズマ等も報告される一方で,口腔内常在菌であるレンサ球菌,Prevotella属やFusobacterium属などの嫌気性菌,腸管内に常在するクレブシエラ,大腸菌,そしてMRSAや緑膿菌などの耐性菌も検出されている。

【まとめ】誤嚥性肺炎の原因菌に関するこれまでの報告には,市中肺炎に類似するものや口腔内常在菌,耐性菌に及ぶものまで様々なものがある。この多様性は,それぞれの母集団の特徴が異なっていることが影響していると考えられるが,それ以外に嫌気性菌を検出するための方法,口腔内常在菌が検出された場合の取り扱い,非定型病原体の検査法と解釈の差異も影響している。

現場ではどうする

誤嚥性肺炎において検出菌と原因菌を区別することは困難であるが,抗菌薬の選択とその抗菌薬無効時の判断に必要であり,全例で喀痰培養を採取する。

3. 誤嚥性肺炎に対する抗菌薬の第一選択はABPC/SBT

最新知見・考え方

誤嚥性肺炎の原因菌を考慮する場合,嫌気性菌,MRSAや緑膿菌といった耐性菌をカバーすべきか議論される。誤嚥性肺炎の原因菌となる嫌気性菌は,口腔内の歯と歯肉間に存在するPrevotella属やFusobacterium属が対象になる。誤嚥性肺炎に限らず,市中肺炎における嫌気性菌カバーの必要性のエビデンスを示すランダム化比較試験は存在しない。しかし,ある前向き観察研究においては,嫌気性菌が検出され,それをカバーしていない場合でも良好な経過が得られたことが示されている5)。そのため,米国感染症学会/米国胸部学会〔American Thoracic Society(ATS)/Infectious Diseases Society of America(IDSA)〕の市中肺炎ガイドライン2019では,嫌気性菌のカバーは必須ではないことが記述されている6)
MRSAや緑膿菌等の耐性菌についても,十分なエビデンスが構築されていない。
2005年にATS/IDSAから,医療ケア関連肺炎(healthcare-associated pneumonia;HCAP)が提唱された7)。HCAPは,ナーシングホームまたは長期療養施設入所,90日以内に2日以上の入院歴がある,在宅で点滴を受けている,30日以内の維持透析,在宅で創傷治療を受けている,家族が耐性菌を保有する者に生じた肺炎,と定義された。
2008年には,先述のように日本呼吸器学会からも“NHCAP”が,ほぼ同様の患者を対象とした肺炎として定義された1)
HCAPやNHCAPは,MRSAや緑膿菌といった耐性菌保有を予測する肺炎として想定された。しかし,その後ガイドラインが推奨するMRSAや緑膿菌をカバーした抗菌薬選択が予後を改善しないことが示され8),さらにこのHCAPの定義が耐性菌保有を正確には予測しないことが複数の研究で証明された9)。そのため,2016年ATS/IDSA院内肺炎・人工呼吸器関連肺炎のガイドライン10),2019年ATS/IDSA市中肺炎のガイドライン6)では,HCAPという定義は使用しないことが明記された。つまり,HCAPやNHCAPの多くを占めると考えられる誤嚥性肺炎は,必ずしも耐性菌保有を予測するものではなく,耐性菌をカバーしても予後を改善する可能性は高くないことが推測される。
それにもかかわらず,2019年のATS/IDSA市中肺炎ガイドラインでは,過去にMRSAや緑膿菌を検出している場合は,重症度にかかわらず当初からそれらをカバーした抗菌薬の選択を行うことが推奨されている6)。これは,耐性菌保有を予測する因子として,過去にこれらを検出していることが強力に関連しているという研究結果に基づいている。
しかし,耐性菌の保有とそれを原因菌として治療対象にすることについての議論は十分になされていない。ここで,「誤嚥性肺炎」という診断名に対して行われた,抗菌薬の比較試験の一覧を表2に示す4)。抗MRSA薬を使用した試験はなく,緑膿菌を想定した試験もきわめて限られている。つまり,実臨床ではMRSAや緑膿菌を誤嚥性肺炎の原因菌として当初からカバーしていないことが示唆される。

これらの比較試験では,いずれもサンプル数が少なく統計的な有意差は認めていないものの,Alleweltらが行ったアンピシリン・スルバクタム(ABPC/SBT)とクリンダマイシン(CLDM)+セファロスポリンの比較では,前者で奏効率が高い傾向が得られている11)。これは,後者のCLDMでは嫌気性菌への耐性化が進んでいることが推測される。実際,特にBacteroides属への感受性は約半数であることが示されている。嫌気性菌を当初からカバーすべきか否かという問いに対するエビデンスとなるランダム化比較試験が存在しないことは先述の通りであるが,2019年のATS/IDSA市中肺炎ガイドラインにおける「嫌気性菌をカバーすることは必須でない」とする記述については,十分な検討を行う必要がある。誤嚥性肺炎を強く疑う場合は,嫌気性菌を想定した抗菌薬選択が望ましい可能性がある。

現場ではどうする

誤嚥性肺炎の第一選択はABPC/SBTであることに変わりはない。誤嚥性肺炎の原因菌となりうる口腔内レンサ球菌や嫌気性菌には高い効果が期待できる。
ただし,ABPC/SBTが効果を示さない場合には,喀痰の培養結果を参考に,インフルエンザ菌におけるβ-lactamase negative ampicillin resistant(BLNAR),肺炎クレブシエラや大腸菌におけるextended-spectrum β-lactamase(ESBL)産生菌を考慮する。前者であればセフェム系抗菌薬への変更,後者であればセフメタゾールやピペラシリン・タゾバクタム(PIPC/TAZ)を考慮する12)
カルバペネム系抗菌薬は,カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(carbapenem-resistant Enterobacteriaceae;CRE)の発生を抑えるためにも最小限の使用にとどめたい。抗MRSA薬については,たとえ検出されていても原因菌でない可能性が高く,安易な使用は避けるのが賢明である。

4. 誤嚥性肺炎の治療指針の私案

最新知見・考え方

誤嚥性肺炎の原因菌に対する抗菌薬の選択については既述の通りであるが,感染症においては,原因微生物と抗微生物薬に加え,宿主因子の考慮が必要である。特に,誤嚥性肺炎においては宿主因子の影響が大きい。HCAPやNHCAPにおいて,耐性菌をカバーしても予後が改善しなかったという研究結果の背景には,検出菌が原因菌とは限らないという理由以外に,宿主因子がきわめて不良であり適切な抗菌薬を用いても予後を改善できなかったことが推測される。
日本呼吸器学会『成人肺炎診療ガイドライン2017』では,反復する誤嚥性肺炎,疾患終末期,老衰の状態に対しては,個人の意思やQOLを重視した治療やケアを行う選択が明記されている2)。これは,倫理的側面を含めた意図もあるが,このような状況では積極的な治療を行っても予後の改善が期待できないという意味合いも含まれている。宿主因子として何が最も影響するのか,どの基準でこの選択を行うべきかのエビデンスの構築が望まれる。
きわめて不良な宿主因子を保有している場合以外は,改めて重症度に応じた抗菌薬の選択を行うことを提唱したい図2)。すなわち,呼吸状態や炎症反応等を指標に,重症でなければ標準治療,重症であれば嫌気性菌や耐性菌が原因菌となっている可能性を考慮する。この場合の「標準治療」とは,ABPC/SBTを原則とした抗菌薬選択のことである。

誤嚥性肺炎,誤嚥のリスクがある場合は,肺炎の治療中であっても誤嚥を繰り返している可能性がある。この場合,「抗菌薬が効いていない」と誤った判断がなされる危険性がある。そのため,誤嚥のリスクのスクリーニングを行い,該当するようであれば口腔ケア,睡眠薬,制酸薬の適正使用といった予防策を講じることが,治療の奏効率を上げるために有用であると考える。

現場ではどうする

誤嚥を繰り返すような病態や老衰を考慮する状況であれば,積極的な治療を控える方針を検討する。

◀文献▶

1) 日本呼吸器学会 医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン作成委員会, 編:医療・介護関連肺炎診療ガイドライン. 2011.

2) 日本呼吸器学会成人肺炎診療ガイドライン2017作成委員会, 編:成人肺炎診療ガイドライン2017. 2017.

3) Komiya K, et al:Sci Rep. 2016;6:38097.

4) 小宮幸作, 他:救急集中治療. 2017;29(7-8):529-35.

5) El-Solh AA, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2003;167(12):1650-4.

6) Metlay JP, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2019;200(7):e45-67.

7) American Thoracic Society, et al:Am J Respir Crit Care Med. 2005;171(4):388-416.

8) Grenier C, et al:J Antimicrob Chemother. 2011;66(7):1617-24.

9) Chalmers JD, et al:Clin Infect Dis. 2014;58(3):330-9.

10) Kalil AC, et al:Clin Infect Dis. 2016;63(5):e61-111.

11) Allewelt M, et al:Clin Microbiol Infect. 2004;10(2):163-70.

12) Goto A, et al:Infect Chemother. 2021;53(3):562-4.

執筆:小宮幸作

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