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第3章 30症例の例題をもとに on the job training Part 2 持続性 例題19:65歳男性

登録日:
2025-02-27
最終更新日:
2025-02-28

主訴:行動がおかしい

研修医(以下,研):これは認知症ではないでしょうか? もしくは統合失調症なども鑑別だと思います。

指導医(以下,指):それらに合致しない情報は?

:うーん,わかりません…。

注目すべきは「急性期」だ。認知症は緩徐進行性だし,統合失調症は抑うつなど前駆症状の時期がある。

:「急性期」は器質疾患を示唆する所見でした。でも急に行動がおかしくなる器質疾患というと…,脳症などですか?

:多数の鑑別疾患がある症候は思いつきで診療すると失敗しやすく,運任せの診断になってしまう。キーワード(semantic qualifier:SQ)はどう設定する?

:そうか! 異常行動なので,「意識障害」としてAIUEOTIPSを鑑別します!

:OK。問診と身体診察(一部の簡易検査を含む)を追加してみよう。

*1
SpO2の低下がなくても一酸化炭素中毒などの可能性は残るため,職場や家庭環境に問題がないことを確認する。必要に応じて血液ガスを検討する。

:感染症と頭蓋内疾患,電解質・代謝・内分泌疾患が候補です。

:ポルフィリン症は非常に稀だから,皮疹や原因不明の腹痛を繰り返すなど特異的な所見がなければ最初から考える必要はないね。では検査に進もう。

:あれ!? 肝機能,腎機能,アンモニア,電解質,血糖値,甲状腺機能に異常がなく,炎症反応も陰性です(CRP 0.2mg/dL)。頭部CTでも出血や梗塞,腫瘍などは認めないので…,やはり精神疾患ですね?

:具体的にはどの疾患?

:行動がおかしくなるような意識障害なので,先ほどの認知症と統合失調症に加えて,変換症が鑑別です(☞第2章4②参照)! すると…,神経学的矛盾を評価します。本人が「困っていない」のは,「美しき無関心」でしょうか?

:変換症*2ははっきりした神経学的症状を呈するのが基本だし,さらに失禁までする患者さんは稀だよ。つまり精神疾患を示唆する所見がなく,かつ「急性期」という器質疾患を示唆する状況は変わっていない。検査結果から残る器質疾患は?

:えーと…,脳症とてんかんでしょうか?

:あとは中枢神経系感染症も炎症反応陰性が少なくないから1),脳炎・髄膜炎も鑑別だ。

:そんな危険な疾患はCRP陽性になってください…(泣)。この患者さんは明らかな発熱もないですが除外できないですか?

:もちろん除外できないよ。それどころか特に高齢者の急性感染症で敗血症に至っていれば,発熱がないほうが重症で死亡率が高い2)

:恐ろしいです…。発熱があればだいたいは感染症ですが,発熱がないのは感染症を除外する理由にならないのですね。

:そうだね。鑑別は機能性または器質性の頭蓋内疾患に狭まったから,身体診察と検査を追加しよう。この状態では髄液検査もしたほうが良い。

:うお! 辺縁系脳炎の所見です!

:すぐに専門医にコンサルトしよう。

:はい! 炎症反応陰性の脳炎・髄膜炎と画像所見からヘルペス脳炎としてアシクロビルが開始され,後にHSV-PCRが陽性となりました。血液培養2セットと髄液のADAやクリプトコッカス抗原,細菌培養はいずれも陰性でした。

:中枢神経系感染症の多くは対症療法のみで良いウイルス性髄膜炎だけど,意識障害,人格変化,行動異常,巣症状や,髄液細胞数が100前後と少ないときには脳炎(例:ウイルス性,細菌性,結核性,免疫介在性)を疑う必要がある3)

:CRP陰性は精神疾患と思い込みやすいです。

:陽性なら器質疾患が存在するけど,陰性はそれ単独で器質疾患除外の根拠にはならないから難しい1)。ちなみにヘルペス脳炎は頭部MRIで異常所見を呈することが多いけど,やはり例外がある3)。怖いね。

:そんな症例には絶対に出会いたくないです…。

:最後に,中枢神経系以外の感染症で精神神経症状をきたす疾患と,自己免疫・自己炎症性疾患関連で同症状を起こす疾患は?

:敗血症や高齢者の感染症(せん妄合併)でしょうか? 自己免疫疾患はわからないです…。

精神神経症状はレジオネラ肺炎が鑑別だ。初期は気道症状なく頭痛や消化器症状が主訴でSpO2低下を認めないことがよくあるから,ルーチンで胸部X線は確認したほうが良い。抗菌薬もβラクタム系は無効で細胞内寄生菌に効果のあるニューキノロン系などの投与が必要だからね。自己免疫・自己炎症性疾患なら全身性エリテマトーデス(SLE)(neuropsychiatric SLE:NPSLE)とBehçet病が代表だよ。

:レジオネラ肺炎は非典型的臨床像をきたす「非定型肺炎」なのでした4)!だから最初に胸部X線もオーダーしたのですね。今回は「急性期」の重要性をより深く理解できました。

◦文 献◦
1) 鈴木慎吾:外来診療の型 同じ主訴には同じ診断アプローチ! メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2020, p163.
2) 小嶌祐介:レジデントのための内科診断の道標. 上田剛士, 監. 日本医事新報社, 2022, p175-6.
3) Kennedy PGE:Viral encephalitis: causes, differential diagnosis, and management. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2004;75(Suppl 1):i10-5. PMID: 14978145
4) 鈴木慎吾:外来診療の型 同じ主訴には同じ診断アプローチ! メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2020, p103-14.

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