□クリプトスポリジウム症は,アピコンプレクサ類の病原性腸管寄生原虫クリプトスポリジウム(Cryptosporidium spp.)の感染によって起こる下痢症である。
□クリプトスポリジウム属では,これまでに26種が報告されてきたが1),ヒト感染の9割以上はヒトのみを宿主とするC. hominisおよび人獣共通感染型のC. parvumが占める2)。そのほかの種としては,C. meleagridis,C. felis,C. canisなどが小児や免疫不全患者にみられ,いずれも通常はヒト以外の宿主(それぞれ鳥類,ネコ,イヌ)から検出されるクリプトスポリジウムである。なお形態的に種鑑別が困難なため,種同定には遺伝子解析が必須である。
□クリプトスポリジウムは,糞便とともに排出される感染性オーシストの直接(接触感染)または間接(水系・食品媒介感染など)的な経口摂取によって感染する。
□糞口感染によって摂取されたオーシストは,小腸上部で脱嚢し,放出されたスポロゾイト(種虫)が上皮細胞微絨毛内に侵入・多数分裂によって増殖する。クリプトスポリジウムは局所において宿主細胞への侵入・増殖・娘虫体の放出を繰り返し,周辺組織への直接的な播種によって連続的に感染部位を拡大する。
□病期には糞便1g中に100万個ともされるオーシストが排出される上に,1個のオーシストの経口摂取で感染が成立し,さらに通常使用濃度の塩素殺菌ではオーシストを不活化できないため,水道水,プールなどを介した集団発生が国内外で発生している3)。
□環境中における一定の成熟期間を要する他のコクシジアとは異なり,本原虫のオーシストには排泄直後から感染性があるため,患者糞便の取り扱いには注意を要する。
□オーシストの入手は容易であり,また高い感染性および環境耐性を保持する点,さらに有効な治療薬が存在しないことから,本原虫のバイオテロにおける使用が危惧されている4)。
□クリプトスポリジウムは感染症法によって特定病原体等(4種)に指定されているため,所持,移送,取り扱いなどで法令に従った手続きを要する。このため,特定病原体等取扱施設としての認定を受けていない検査室で本原虫症が検出された場合には,残余糞便などについて可及的速やかな不活化を要する。
□本症を診断した場合には,テロおよび集団感染の可能性を念頭に対応する必要がある。
□クリプトスポリジウム症は感染症法の5類届出疾患であり,毎年約100件(IDWR:2014年52週98件)が報告されている。水系感染による集団発生以外の患者背景としては,帰国者下痢症(海外旅行者),日和見感染(AIDS患者),人獣共通感染(畜産関係者)などが特徴的である。
□本症は特に免疫不全症例では重症化・慢性化し,時に死の転帰をとることから,AIDS診断の指標疾患に指定されているが,抗レトロウイルス療法が普及している先進国では,AIDS患者における年間発症率は1000人当たり1例未満である5)。
□3日~2週間程度の潜伏期間を経て,急性または持続性の下痢症として発症する。
□途上国の蔓延地域では,時に無症候性キャリアがみられる。
□健常人での病期は通常6日~2週間程度であり,自然治癒する6)。
□症状としては,1日10Lを超える激しい水様性下痢,腹痛,悪心・嘔吐,倦怠感をみる。発熱は時にみられるが軽度であり,通常血便は認めない。
□免疫不全症例(先天性免疫不全,AIDS,がん治療,臓器移植後など)では再発を繰り返し,時に,胆管・胆嚢炎,膵炎,気管支炎・肺炎などの腸管外症状,著しい体重減少をみる。重症化,腸管外症状は,一般にCD4陽性Tリンパ球数が100個/μL未満に減少した場合にみられる。
□先天性免疫不全症の根治や白血病などでの寛解を目的とした骨髄移植や抗癌剤治療などによって免疫抑制が想定される場合には,事前スクリーニングにおいて本原虫感染の有無を確認することが望ましい。
□本原虫症は顕微鏡検査によって確定診断できる。便に排出されるオーシストは直径5μmと小型だが,病期における排出数が膨大なため,ショ糖(遠心)浮遊法(図a)または好酸性染色法(図b)によって形態的に同定が可能である。十二指腸液,喀痰,肺胞洗浄液などでもオーシストが検出されることがあるが,便と比較すると低レベルの排出数になるため,蛍光モノクローナル抗体や便中抗原検出系を用いた高感度な市販キットが用いられる。しかし,いずれも臨床診断薬としては国内未承認である。
□病理検査では,組織標本で腸上皮細胞微絨毛に侵入したクリプトスポリジウムのメロントと呼ばれるドーム状の構造が腸粘膜上皮の刷子縁に検出できることがある(図c)。
□PCRでは低レベル感染の検出が可能であり,またシークエンスによる種鑑別が可能だが,専門研究室へのコンサルトを要する。
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