多発性硬化症(MS)は中枢神経白質を侵す慢性炎症性脱髄疾患である
若年成人に好発する。世界的に患者数・有病率ともに増加傾向で,特に若年女性での増加が著しい
中枢神経髄鞘抗原に対するT細胞が介在する自己免疫疾患と考えられているが,真の原因は不明である
脱髄に伴う中枢神経症候が再発と寛解を繰り返しながら経過(時間的・空間的多発性)し,しだいに慢性進行性の経過となることが多い
障害は身体機能のみならず高次脳機能にも及び,日常生活や社会生活が大きく制限されることも少なくない
“Atlas of MS 2013”によると,多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)の患者数は全米で約40万人,欧州で約60万人,全世界では230万人を超える1)。また,全世界での推定有病率(人口10万人当たりの患者数)は33人であるが,最も多い地域は北米の140人,ついで欧州の108人で,逆に少ない地域はサハラ以南のアフリカの2.1人,東アジアの2.2人である。英国のオークニー諸島などの一部の例外地域を除いて,MSの患者数と有病率はともに世界的に増加傾向である。特に,若い世代での女性患者の増加が顕著である2)。
わが国の患者数も増加の一途をたどっており,2016年度末現在の特定医療費受給者証の保持者数は視神経脊髄炎を含め2万人を超えている。また,全国臨床疫学調査(1972,1982,1989,2004年)の結果からは,30年間で患者数と有病率はともに約4倍に増加している実態が明らかとなっている(2004年調査:推定患者数9900人,有病率7.7人/10万人)3)。北海道十勝地区で過去15年間に行われた疫学調査(2001,2006,2011,2016年)の結果でも,有病率はそれぞれ8.1人,12.6人,16.2人,18.6人と著増している現状が明らかにされている4)。
MSの有病率は高緯度地域ほど高いとされ,かつては,欧州北部のコーカソイドに起源を有する遺伝的要因と,高緯度地域特有の日照時間の短さやそれに伴うビタミンDの産生不足などの環境因子が,MS発症には重要であると考えられてきた。わが国でも北緯37度を境に有病率が異なることが報告されており,北へ行くほど有病率が高い5)。しかし近年,従来,高有病率地域と考えられてきた欧州北部や北米では緯度の影響が軽減する傾向にあり,罹患率でみると緯度の影響はないとの報告もある2)。一方,オーストラリアやニュージーランドでは緯度による差は明らかで,南部の高緯度地域ほど有病率が高い2)。この地域の白人は英国系移民がほとんどで,緯度に関連する環境因子が有病率に影響している可能性が指摘されている。また,イタリアやスカンジナビア諸国のように緯度と有病率が逆相関を示す国がある。イタリアではHLA-DRB1 allele頻度の違いが,スカンジナビア諸国ではビタミンD摂取量の違いが影響している可能性が指摘されている。
MSの発症は30歳前後に多く,60歳以降は稀である。全世界での平均発症年齢は約30歳で,地域による差はほとんどない。わが国の平均発症年齢は33歳前後と世界的にみるとやや高く,過去30年間ほとんど変化はない。しかし,発症年齢のピークをみると,1989年の調査時は30歳代前半であったものが,2004年には20歳代に若年化した3)。有病率の女男比(男性に対する女性の比率)は全世界平均では約2であるが,最近は若年世代で女性の比率が高まっている。ノルウェーのトロンデラーグやムーレ・オ・ロムスダールなどの例外地域を除いて,女性患者の罹患率が世界的に上昇していることが,女性の比率が高くなっている原因と考えられる。わが国でも,1972年には1.7であった女男比が2004年には2.9と女性の比率が高まっている3)。ただし,わが国の全国疫学調査の結果には,圧倒的に女性が多い視神経脊髄炎が含まれていた点に注意する必要がある。