【司会】嶋田甚五郎(聖マリアンナ医科大学客員教授)
【演者】大曲貴夫(国立国際医療研究センター副院長/国際感染症センター長)
医療機関における国際感染症への水際対策が重要
エボラ出血熱,MERS,デング熱,ジカ熱,耐性菌などそれぞれの国際感染症への対応が必要
「国際感染症」あるいは「国際的に脅威となる感染症」は,この数年,話題になることが増え,2014年にエボラ出血熱が西アフリカで流行し,欧州や米国などに飛び火して世界的に問題になりました。
2015年には韓国で中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)のアウトブレイクがあり,2014年には約70年間,国内発生のなかったデング熱が東京を中心に163例確認されました。
ジカウイルス感染症は,半世紀前にウイルスがヒトから分離されました。2016年初頭,ブラジルで多数の小頭症児が生まれ,妊婦のジカウイルス感染が原因と判明しました。日本でも2017年3月末現在で16例のジカウイルス感染例が確認され,その多くは輸入例です。
訪日外国人旅行者数は2015年に1970万人,2016年には2400万人を超え,政府は,東京オリンピック開催の2020年に4000万人まで増やす計画です。経済的な観点からはよいことですが,海外から感染症が持ち込まれるリスクが高まるので,きちんと対策を行うことが必要です。
このような中,2015年に「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本方針」が内閣から出されました。
従来,国際感染症はマラリア,腸チフス,あるいは数が多い渡航者の下痢症であり,元気で海外旅行に行ける人や海外勤務者の帰国時に持ち込まれるという印象がありました。しかし,エボラ出血熱やMERSが院内感染を起こしうることがわかり,医療機関における国際感染症への備えの重要性が徐々に認識されるようになってきました。
私が責任者を務めている国立国際医療研究センター国際感染症センターは,国際的に脅威となる感染症の患者を引き受ける特定感染症病床を持っています。
現在,日本の特定感染症病床は4医療機関,10床あります。成田赤十字病院,当院,りんくう総合医療センター,常滑市民病院です。当センターには最多の4床あり,エボラ出血熱やMERSなどの疑似症の患者や陽性例が出た場合にも,もちろん引き受けます。2014年10月に初めてエボラ出血熱の疑似症の患者を合計で4例,MERSの疑似症は,今まで5例引き受けました。
エボラ出血熱の潜伏期間は2~21日とかなり幅があり,多くは10日前後で発症します。とりわけ初期の症状は非特異的で,発熱,食欲不振,頭痛,咽頭痛といった,風邪などほかの病気でもみられるような症状を呈します。エボラ出血熱に典型的な症状は,特に発症して4~5日まではみられません。
以降は,まず出血よりは消化器症状が前面に出てきます。粘膜傷害によると思われる心窩部痛のほか,嘔気・嘔吐,下痢といった消化器症状がきわめて激烈であるのが,エボラ出血熱の典型的な臨床像です。
最初は発熱だけで,それ以外の症状は非特異的であるため,マラリア,腸チフス,髄膜炎菌による敗血症など,ほかの病気と間違えやすい。これらの疾患も発症後数日は熱しか出ないという共通点があり,混同しやすいのです。
最近のデータでは約半数の症例に出血がみられるとしていますが,程度は様々で,まったく出血傾向のない例や,歯肉にやや出血する程度の例もあります。目に見える喀血や下血例もありますが,思ったほど出るものではないことがこの2年間の流行でわかってきました。重症例では早期から重篤となり,最終的には多臓器不全などの合併症で死亡します。
エボラ出血熱の主たる病態は血管内からの液体の漏出で,それが原因で多臓器不全,あるいは敗血症性ショックで死亡するのが最悪の転帰です。エボラ出血熱患者の死亡率は, 2014~5年の西アフリカ現地でのアウトブレイク時が60%前後で,きわめて高いものです。
一方で,先進国での発症,あるいは先進国に搬送された症例の死亡率は20%を切っています。近代的な集中治療ができれば,かなり救える見込みのある疾患です。
西アフリカに医療支援に出かけたドイツの医療者が現地で罹患し,飛行機で帰国した例では,発症後10日目前後に下痢量8400mL,吐瀉物量が1550mLでした。エボラ出血熱の治療で重要なのは補液で,循環呼吸の維持,あるいは血液浄化が,今わかっている中で最も効果のある治療です。
マラリアの合併も30~40%と言われ,合併する感染症の治療も重要です。医療関連感染症としてのカテーテル関連の血流感染症も多いので,これらの治療も大事です。
一方,各国で未承認薬の使用が検討され,実際にギニア等で治験が行われました。そのひとつに,フランス政府の主導でギニアにおいて臨床試験が行われたファビピラビル(アビガン®)があります。おそらくウイルス量が非常に低い発症早期であれば,救命につながる可能性はあると思います。最も効果的なのは,現場で働く医療従事者の予防的投与,あるいは医療従事者の針刺しや粘膜曝露した場合の発症予防と言われています。
エボラ出血熱の予防についてはワクチンの開発も進み,光明が見えてきました。治療に関しても補液,いわゆる支持療法を徹底して行うことが救命につながるので,医療側からの支援としてはそれをいかに現地で行えるようにするかが重要です。
残り4,973文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する