うつ病をはじめとする様々な精神疾患の病態の一部には,炎症が関与していると報告されている
特に,従来の抗うつ薬で効果が認められない治療抵抗性うつ病患者において炎症反応が高いことが示されるなど,うつ病と診断される患者群の背景には,炎症を含む複数の病態が存在している可能性が示唆される
血液中の炎症マーカーが高いうつ病患者群においては,抗炎症薬が抗うつ作用を示す一方で,炎症マーカーの低い群には効果が認められない
現時点で確立した抗炎症療法は存在しないが,将来炎症マーカーを用いた疾病分類に基づく適切な薬物選択が可能となることが期待される
本稿ではうつ病を中心に概説し,精神疾患に対する抗炎症療法の可能性について述べる
偶然の発見(serendipity:セレンディピティ),それはこれまで数多くの薬の開発に貢献してきた。精神疾患に対する薬剤の開発も偶然の産物によるものが多い。1817年にアルカリ金属として発見されたリチウムは,尿酸結石を溶解することから痛風の治療薬として利用されるようになった1)。のちに痛風には無効であるとわかるが,一方で1800年代後半には炭酸リチウムの気分障害への効果が報告されるようになり,その後一度は忘れ去られてしまうものの,1949年にその気分安定効果が実証された1)2)。
抗うつ薬の開発は,1951年,抗結核薬であるIproniazidの合成から始まる1)3)。1952年,結核患者にIproniazidを投与したところ、多幸感を呈するなど抗うつ作用があることが発見され,その後Iproniazidは世界で最初の抗うつ薬となった。続いてクロルプロマジンと化学構造の類似したイミプラミンが抗うつ作用を持つことが発見された。のちにIproniazidは,モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase:MAO)阻害作用を,またイミプラミンは,セロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害作用を持つことが発見され,これらのメカニズムはともにシナプス間隙におけるセロトニンとノルアドレナリンを増加させる作用を持つことがわかった。一方で,降圧薬であるレセルピンがモノアミンを欠乏させることによってうつ病様の症状を引き起こすことから,うつ病はセロトニンとノルアドレナリンの欠乏によるものという,モノアミン仮説が誕生した1)4)。
しかしながら,これからの精神科医療においてある種の“serendipity”,たとえば多くの患者には効くはずの薬剤が目の前の患者には効果がなかった,あるいはその逆,のような偶然(雑な言い方をすれば“あてずっぽう”)による医療は望まれない。今後の精神科医療,特に薬物治療の分野においては,何らかのバイオマーカーを見出し,病態に基づいた適切な治療が期待される。ところが精神科医療において,明確なバイオマーカーはこれまで見出されていない。バイオマーカーが存在しないということは,他の専門分野の医師からすれば驚くべきことである。一方で,我々精神科医は,そのような状況下でも適切に患者を診察し治療できるところが精神科医たる所以なのかもしれないが,適切なバイオマーカーが存在しないことはやはり不十分であり,以前から議論になっていた。