団塊の世代全員が75歳以上の後期高齢者となる2025年まで5年余りとなった。世界に類を見ない超高齢社会を乗り切るには、医療・介護サービスのシームレスな提供を実現する地域包括ケアシステムの構築が急務だ。連載第11回では、ICTを活用して地域包括ケアのカギとなる多職種連携に積極的に取り組み、かかりつけ医として質の高い外来診療と訪問診療の両立を実現しているクリニックの事例を紹介する。【毎月第3週号に掲載】
東京・池袋駅から徒歩10分の住宅街にある土屋医院。同院では、在宅医療の概念が確立されていなかった昭和初期の開業当時から積極的に往診に取り組んでいたという。その意志を継いだ現院長の土屋淳郎さん(写真)は、ICTを活用した多職種連携に取り組み、外来の休み時間を使って通院が難しくなった患者など約50人に訪問診療を行っている。
「先代院長の父からは『医療は病気だけでなく、患者さんの生活全般を診ることが大切だ』と教えられてきました。自宅に伺う訪問診療では、普段の過ごし方や家庭の状況など患者さんの情報を外来よりも幅広く把握できるというメリットがあります。訪問診療ならではのメリットを生かすため、医師だけでなくさまざまな職種で情報共有・交換ができる連携システムの構築に取り組んでいます」
土屋さんは、2013年から医療介護専用のSNSを活用して多職種連携を実践してきた。しかし現場で診療メモをタブレットで記載し、クリニックに戻って内容を電子カルテに転記、それをSNSに転送するというプロセスをすべて一人で行うため、作業の効率化につながるサービスを探していたという。
そんな折に参加した医師会の勉強会で、デモンストレーションが行われていたのが、日本光電が開発した医療介護ネットワークシステム「LAVITA」(https://www.nihonkohden.co.jp/iryo/products/homehealthcare/01/lavita.html)(図1)だ。
LAVITAは、Bluetooth方式やNFC方式に対応した測定機器から患者の血圧やSpO₂などのバイタルデータを一括収集し、「LAVITAゲートウェイ」という通信機器を経由して、クラウド上の「LAVITAサーバ」に自動送信するシステム(図2)。すぐに導入を決め、2018年4月から実運用を始めた。土屋さんはLAVITAの機能面の主な特徴についてこう語る。
「バイタルデータが自動的にクラウドに送信されていくので、カルテに転記する手間が省け、とても便利です。溜まったデータはグラフ化され、OSや端末の種類を問わずどこでも確認することができるので使い勝手に優れています。また以前から多職種間の情報共有に活用している医療介護専用SNSとも連携が可能で、バイタルデータにコメントを書きこんだものがワンクリックでSNSに転送できます。多職種連携によって一人の患者さんに関する情報量が豊富になることは大きなメリットです」
訪問診療で医師が患者とコミュニケーションが取れるのは多くても月2回だ。土屋さんはその間に訪問する看護師やヘルパーが収集してきた患者情報を踏まえ、治療方針を変えることも少なくないという。
「訪問看護師さんから『飲めていない薬がある』という情報が入れば、剤形の変更を検討する必要があります。また食事を摂れていないのであれば、歯科治療を行うなど、患者さんの状況変化に応じて、医療にとって重要な“次の一手”を早めに考えることができます」
医療現場におけるICTの活用は、政府が進める国策といえる。医師会の医療情報に関する委員会の委員も務める土屋さんは、医療ICTの可能性についてこう展望する。
「今後はオンライン診療をはじめネットワークを介した医療が当たり前の時代になります。ただ全部を置き換えることはできません。LAVITAのようにバイタル測定や情報共有などICTが得意な部分は任せ、医師は人間にしかできない本質的な医療に専念する。そのような環境を整えるためにICTを活用するというのが進むべき方向性だと考えています」
現在、土屋さんは原則として施設以外の在宅患者にはLAVITAを持参して訪問診療を行っている。
「LAVITAを使い始めて一番良かったと感じるのは、患者さんと向き合える時間をしっかり確保できるようになったところです。顔を見ながらコミュニケーションすることで信頼関係が深まり、より的確な医療を提供することにつながると考えています」