(京都府 K)
【基本給に割増賃金相当分が含まれていることなどをあらかじめ書面等で明示しない限り違法】
ご質問は,月給の中に医長は月間30時間分,部長は40時間分の時間外労働手当が含まれているので,それ以上残業したときから残業手当を支払うという,いわゆる固定残業手当制度をとっている取り扱いであろうと思われます。
しかしながら,このような取り扱いが有効なためには,①労働者に明示されている月給等基本給の中に,時間外労働,休日労働および深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について,相当する時間外労働等の時間数または金額を書面等で明示するなどして,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしていること,②上記の割増賃金に当たる部分の金額が,実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には,その差額を追加して所定の賃金支給日に支払うものであること,という2つの要件を充足することが必要です1)。
判例でも,医師の時間外労働手当の請求事件について,病院側が「時間外労働等に対する割増賃金を年俸の中に含める旨の合意があったことから,本人が主張する時間外労働等の割増賃金は全て支払済みである旨主張した」事案について,最高裁は,「本件合意においては,上告人に対して支払われる年俸のうち,時間外労働等の割増賃金に当たる部分が明らかにされていなかった」と判決し,割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含める方法で支払うことについて,労働契約における基本給等の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとした過去の判例2)~4)を引用し,本件については,「上告人に支払われた年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することすらできず,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできないことから,被上告人の上告人に対する年俸の支払いにより,上告人の時間外労働および深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない」と判示し,原審に差し戻した例があります。
したがって,ご質問のケースは上記のような要件を充足していないと考えられますので,労働基準法に違反していると思われます。
【文献】
1) 平成29年7月31日基発0731第27号厚生労働省労働基準局長通達.
2) 最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決.
3) 最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決.
4) 最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決.
【回答者】
安西 愈 弁護士