(東京都 K)
【純粋語聾は自発語の声や発音,言語内容に問題がなく,ドアのノック音などにも反応】
聴覚障害,純粋語聾(pure word deafness,純粋感覚性失語)および感覚性失語は障害レベルが異なりますので,最初にその違いを説明しておきます。
聴覚障害は聴こえの障害であり,外耳道から中耳,内耳,脳幹の中継核,下丘,内側膝状体を経て側頭葉の第1次聴覚野(ヘッシェル回)に至る聴覚路の問題によって生じます。聴覚障害には伝音性難聴,感音性難聴,混合性難聴があり,伝音性難聴は外耳から中耳までの障害,感音性難聴は内耳(迷路性)または内耳から聴覚中枢に至る部位(後迷路性)に器質性の病変がある場合に生じます。混合性難聴は伝音性難聴と感音性難聴が混合したものを指します。
純粋語聾は言語音の認知の障害であり,聴こえに問題はなく,語彙や文法といった言語機能も保たれます。患者の大部分は両側大脳半球の上側頭回皮質・皮質下に病変があり,聴覚情報が聴覚言語野(Wernicke野)に入力されない場合に生じます1)2)。このとき左側の第1次聴覚野はある程度保たれています2)。少数例ですが,優位側のみの病変によって発症することが報告されています3)4)。
感覚性失語は,言語機能の障害であり,聴こえに問題はありません。患者の多くは言語音の認知障害を呈しますが,純粋語聾ほど重度ではなく,主症状は言語の聴覚的理解の低下,喚語困難,錯語(音や語の言い間違い)であり,文字の読み書きにも障害が現れます。
感覚性失語は,失語症特有の症状を呈しますので,聴覚障害との鑑別に難渋することはまずありません。問題となるのは,純粋語聾と感音性難聴の鑑別であると思いますので,ここではこの点について解説します。
鑑別診断においては,まず病歴,脳画像,主訴を確認します5)。純粋語聾の主な原因疾患は脳血管疾患であり,急性発症し,MRIや頭部CTの脳画像において側頭葉に病変を認めます。これに対し,感音性難聴は突発性難聴など一部のものを除き急性発症することはなく,大脳皮質に異常を認めません。両者では主訴が異なり,純粋語聾は「音は聞こえるが,ことばが聞き取れない」と訴え,人のことばが外国語,ざわざわした声や雑音のように聞こえると表現することがあります。感音性難聴者の主訴は「音が聞こえない」がほとんどです。
症状については,純音聴力検査,語音聴力検査,聴性脳幹反応(auditory brainstem response:ABR),言語音の認知検査,環境音の認知検査などによって調べます。表1に症状の特徴を挙げておきます。純粋語聾は純音聴力に異常がないにもかかわらず(初期に軽度低下があっても,後に改善する),語音聴力が顕著に低下します。一方,感音性難聴は純音聴力に顕著な低下を認め,同時に語音聴力も低下します。ABRについては,純粋語聾は異常を認めませんが,感音性難聴は異常を呈します。純粋語聾を感音性難聴および環境音の聴覚失認と区別するには,言語音の認知と環境音の認知について調べることが有効です。言語音の認知を調べる方法としては,語音弁別検査や復唱検査があります。
語音弁別検査では,音節のペア(例:サ,タ)や,アクセントが同じで一部の音が異なる語のペア(例:カサ,カタ)を聞かせ,同じ音かどうかを答えてもらいます。復唱検査では,音節,単語,文を模倣して言ってもらいます。この際,読話の影響を排除するため,検査者は口許を隠しておくことが重要です6)。環境音の認知検査は,生活音(例:ドアをノックする音,自動車のエンジン音)や動物の鳴き声などを聞かせ,何の音かを言ってもらったり,絵の選択で答えてもらいます。純粋語聾は,言語音の認知検査で顕著な低下を示しますが,環境音の認知は保たれます。このような結果から,音は聞こえており,言語以外の音の認知も保たれていることがわかります。感音性難聴はいずれの検査も低下します。
最後に,ベッドサイドで純粋語聾と感音性難聴を簡便に鑑別する方法を紹介します。まず筆談と口頭によって主訴を尋ね,自発話の状態を観察します。純粋語聾は声や発音に異常がなく,言語内容にも問題がありません。感音性難聴は先天性または失聴期間が長年にわたる場合,大部分の者に声や発音の障害を認めます。次に,本人の背後でドアをノックする,周囲にある物を叩くなどして音を出してみます。純粋語聾は音をすぐに感知して振り向き,それが何の音であるかを説明することができますが,感音性難聴は小さい音では振り向きません(音の強さとの関係は聴力レベルに依存)。この方法で聴力および環境音の認知について確認します。さらに単語や短い文を模倣して言ってもらい(検査者は口許を隠す),その反応から言語音が認知できているかどうかを調べます。純粋語聾は言語音の認知ができないため,非常に困惑した表情をして,復唱することが困難です。そこで筆談に切り替えますと,読字や書字に問題はありませんので,スムーズにやりとりができます。
中枢性の聴覚障害には,純粋語聾のほか皮質聾,聴覚失認,感覚性失音楽症などが存在します。また,純粋語聾は初期に感覚性失語を伴うことが少なくありません。高齢社会を迎え,感音性難聴がある高齢者が脳血管疾患によって純粋語聾を呈することもあります。これらの鑑別には慎重な問診,行動観察,検査が必要となります。
【文献】
1) Lichtheim L:Brain. 1885;7:433-84.
2) Poeppel D:Cognitive Science. 2001;25:679-93.
3) Takahashi N, et al:Cortex. 1992;28(2):295-303.
4) Stefanatos GA, et al:J Int Neuropsychol Soc. 2005;11(4):456-70.
5) 加我君孝, 他:高次脳機能研究. 2008;28(2):224-30.
6) 進藤美津子, 他:音声言語医学. 1994;35(3):295-306.
【回答者】
藤田郁代 国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科教授