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多紀元堅(6)[連載小説「群星光芒」198]

No.4786 (2016年01月16日発行) P.68

篠田達明

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-30

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  • 江戸市中の漢方医は多紀元堅を浅草の料亭「八百善」に招いて協議をつづけた。

    「矢ノ倉殿の前で説くのはいかにも口幅ったいが……」

    と年輩の漢方医がいった。

    3年前、将軍家御匙医に取り立てられた元堅は上野長者町から日本橋浜町の元矢ノ倉に転居したので「矢ノ倉殿」とも呼ばれていたのである。

    「『赤斑瘡(痘瘡)』は胎毒と時行の邪熱が併合して発症にいたる。由ってこれは酒湯で治すべきであり、植え疱瘡なる邪悪の術を為すは由々しき過ちじゃ」

    つづいて若手の漢方医が声をあげた。

    「長崎では牛痘法なる珍奇の術が流行っておる。牛の植え疱瘡で故意に疱瘡を発症させるとは実に残虐で忍びない。江戸の蘭方医どもが尻馬に乗ってこれをやりだせば、その弊害たるや目を覆うばかりであろう」

    それまで葵紋入りの絽の十徳を撫でつつ聴いていた元堅は、やおら一同に向かって底力のある地声をひびかせた。

    「たしかに蘭方医は蛮夷の妖術をもって無知蒙昧の庶民を誑かす不逞の輩どもじゃ。しかもいつのまにか御府内に網の目をひろげて目の上の瘤になりおった。そのうえ輩どもはいつなんどき夷狄の本邦乗っ取りに加担するやも知れん。座視すれば我邦は碧眼の夷狄どもに席捲されかねぬ」

    これに応じて古株が尖り声をだした。

    「矢ノ倉殿の仰る通りじゃ、このままでは漢方の先行きは暗い。いまのうちになんとかせねば手に負えなくなろう」

    すると若手の漢方医が元堅に向かって手をついた。

    「なにとぞ矢ノ倉殿のお力添えにて市中にはびこる不埒者を懲らしめてくだされ」

    「われらの総意でござる。蘭方医が伸して来る前に捻り潰してくだされ」

    つめかけた漢方医たちも口々にいう。

    「各々方、ご懸念召さるな」

    元堅は一同を見回して錆び声をだした。

    「蘭方なんぞ恐るに足らず。わしには蘭方医を抑えつける秘策がある。みておれ、乾坤一擲、夷狄の異説を唱える者どもを一気に成敗してくれよう。各々方には枕を高くして安眠なさるがよかろう」

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