重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome:SARS)は,SARSコロナウイルス(SARS-CoV)による新興感染症である1)。2002年11月に中国広東省で出現し,翌2003年2月以降,世界に拡散した。WHO(世界保健機関)主導の対策の結果,同年7月には終息宣言が出されたが,この間世界で約8096人が感染し(中国,香港,台湾で全体の92%を占める),774人が死亡した(致死率9.6%)。日本では患者は発生しなかった。本疾患は高齢者および基礎疾患のある者で重症化しやすい。一方,18歳未満の小児は5%と少なく,重症例も少ない。本症は院内感染の報告が多いが,これは気道などからのウイルス排泄が,発症後10日目頃に最大となり,医療機関に入院している時期と一致することが1つの原因と考えられる2)。また,一部の患者から平均を超えて多数の二次感染が生じること(スーパースプレッディング現象)も報告されている3)。2019年11月時点で,世界で患者の報告はない。SARS-CoVは何らかの野生動物(コウモリなど)に由来すると推定されている。全身の症状を引き起こすが,臓器の中では肺が最も強く障害される。
2003年当時の流行地域からの報告によると,SARSの初発症状は,発熱,咳嗽,悪寒,筋肉痛,呼吸困難,頭痛などであり,検査所見上は,リンパ球減少,LDH上昇,ALT上昇,血小板減少,白血球減少などがみられる。胸部画像所見では,浸潤影やすりガラス影がみられる。ただし,これらの症状は非特異的で直接的な診断につながらない。
WHOは,サーベイランスのための症例定義4)の中で,①38℃以上の高熱と咳や呼吸困難があり,②発症前10日間以内にSARS疑い患者との密接な接触がある,もしくは,③最近のSARS流行地域への旅行歴や居住歴がある場合にはSARSの可能性を考慮すべき,としている。
わが国では,本症は感染症法上の2類感染症なので,その届出基準5)に示されている臨床的特徴を参考にする。その内容を以下に抜粋する。「多くは2~7日,最大10日間の潜伏期間の後に,急激な発熱,咳,全身倦怠感,筋肉痛などのインフルエンザ様の前駆症状が現れる。2日~数日間で呼吸困難,乾性咳嗽,低酸素血症などの下気道症状が現れ,胸部CT,X線写真などで肺炎像が出現する。肺炎になった者の80~90%が1週間程度で回復傾向になるが,10~20%が急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)を起こし,人工呼吸器などを必要とするほど重症となる。致死率は10%前後で,高齢者および基礎疾患のある者での致死率はより高い」。
届出基準は以下の通り(一部省略)。
医師は,上記の臨床的特徴を有する者を診察した結果,症状や所見からSARSが疑われ,かつ,定められた検査方法(分離・同定による病原体の検出,PCR法による病原体の遺伝子の検出あるいは特異的抗体の検出)により,SARSの患者と診断した場合には,直ちに届け出なければならない。なお,検体は鼻咽頭拭い液,喀痰,尿,便(抗体の検出にあたっては血清)を用いる。
医師は,診察した者が上記の臨床的特徴を呈していないが,定められた検査方法により,SARSの無症状病原体保有者と診断した場合には,直ちに届け出なければならない。
医師は,上記の臨床的特徴を有する者を診察した結果,症状や所見から,SARSの疑似症患者と診断した場合には,直ちに届け出なければならない。
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