横山 朗 (日本M&Aセンター 医療介護支援部)
西山 賢太 (日本M&Aセンター 医療介護支援部)
登録日: 2020-05-07
最終更新日: 2020-05-15
後継者を探しているクリニック、いわゆる承継案件の譲渡希望金額を見た際、「こんなに高いのであれば新規開業でいいじゃないか!」と感じたことのある先生もいらっしゃるのではないでしょうか。
開業を検討する際にぜひ知っておいていただきたい点があります。それは、新規開業と承継開業の案件を単純比較してしまうのは危険だということです。なぜなら、新規開業に比べて承継案件の譲渡希望金額が割高に見えてしまうのには当然の理由があるためです。
本稿では、 「承継案件の譲渡希望金額が高額に見えるわけ」 と、医師の皆様から誤解されることが多い 「譲渡希望金額は、必ずしも用意しなければならないお金ではない」 という重要な2つの点について、事例を交えてお伝えいたします。
早速、事例に沿ってその謎を解明していきましょう。
まずは、 『承継案件の譲渡希望金額が高額に見えるわけ』 について説明します。
医療法人日本クリニック(仮称)の万田理事長(仮名)は御年75歳、今年で開業30年を迎えます。そろそろ事業承継を考えようと思い立ち会計事務所に相談を持ち掛けたところ、従業員の生活を守り、患者さんを引き続き診療してもらえる第三者承継(M&A)を検討してはどうかと提案を受けました。そして、日本M&Aセンターから細かな説明を受けた後、法人の資産価値を算出してもらうことに決めました。
医療法人日本クリニックに付けられた資産価値は3億円。
なぜこんなにも高く評価されたのでしょうか?
説明を聞くと納得のいくものでした。万田先生は急なお金が必要になった時のために、黒字転換した開業3年目以降、毎年1000万円を28年間欠かさずに法人の銀行口座に貯金していたのです。開業時の借金はすでに返済を終えていたため、2億8000万円の現金を医療法人日本クリニックはまるまる持っていることになります。営業権を含んだ資産価値が3億円と聞いた万田先生は、この価額を希望価格としてお相手探しを始めました。
これはあくまで1つの事例ですが、創業年数が長く優良な経営状態で利益を内部留保しているほど、法人の資産価値は当然高くなり、同時に譲渡希望金額も比例して上がっていきます。
“3億円”という金額を目にした時、一瞬たじろいでしまう気持ちはよくわかりますが、クリニックの承継案件を検討するときは 【高値が付いているほど、経営状態が良いクリニック】 という気持ちで問い合わせをした方が、探していくうちにいい案件に巡り合う確率はぐっと上がります。
医療法人日本クリニックがお相手探しを始めて3ヵ月、正式なお相手が見つかりました。現在、勤務医として働いている西山先生(仮名)です。西山先生は、患者がつくまで赤字経営となる新規開業より承継開業で不安なくスムーズなスタートを切りたいと考え、医療法人日本クリニックを引き継ぐことを決意しました。
西山先生は3億円を超える貯金など持ち合わせていませんでした。しかし、西山先生は難なく医療法人日本クリニックの承継を実現致しました。どのように承継したのでしょうか。
クリニックの第三者承継(M&A)でよく使われる手法の一つが役員退職金を用いた譲渡対価の支払いです。次の式(最終報酬月額×勤続年数×功績倍率3倍)を用いると、万田先生の最終月額役員報酬 250万円 × 30年 × 3倍 = 2億2500万円 という値が出てきます。この2億2500万円は、役員退職慰労金の支払いという形で、法人が持っている現金から万田先生に支払いを行いました。
西山先生は3億円から2億2500万円を引いた7500万円を用意すればよいことになります。残り7500万円は、西山先生個人が銀行から借りるのではなく、承継した医療法人日本クリニックで借入をすることにしました。 このように個人ではなく、法人を使ってお金を工面できる点も承継案件のメリットです。
借入が新たに7500万円であれば、新規開業と変わらないじゃないか!と異議を唱える方もいらっしゃると思いますが、一時的な支出だけではなく、中長期的な展望を含めた検討をしなければなりません。西山先生には算段がありました。役員報酬を5年間だけ3000万円から2000万円に減額して、差額の1000万円と純利益の1000万円を返済に回し、わずか4年で7500万円の借入を返済する計画を立てたのです。また別の機会に詳細はご紹介しますが、役員退職金を支給することは中長期的な税務メリットも享受することができ、4年以内の完済も実現可能です。
万田先生には半年間かけて患者さんの引き継ぎと近隣医療機関や地元医師会等への挨拶回りにも同行してもらい、引き継ぎを完了しました。承継前と変わらない患者数を維持することができ、西山先生は今現在、安心して万田先生から引き継いだ患者さんたちの診療に臨むことができています。
本稿では、事例を交えて 『承継案件の譲渡希望金額が高額に見えるわけ』 と 『譲渡希望金額は、用意しなければならないお金ではない!』 ことをお伝えいたしました。借金なんてしたことがないという医師の方が多いなか、一生に一度の開業をできる限り不安なく、後悔なく選択いただくためにこのコラムを寄稿しました。
承継開業案件は、 『高値の方がいい案件に巡り合う』 可能性が高いことを心に留めておいていただきたいと思います。決して金額だけで判断せず、医療と第三者承継(M&A)の双方に精通している専門家への相談をお薦めします。インターネット上に溢れている謎多き安価なクリニックや、第三者承継(M&A)を専門としていない会社にも注意が必要です。
私たち日本M&Aセンターの医療介護支援部は、クリニックを開業したい・後継者を探したいという医師の方を支援する承継開業専門のWEBサイト「医新伝診」を立ち上げました。
全国32万人の医師の価値観の変化、働き方の多様化が進むなか、都市部の開業ばかりではなくIターン、Uターン開業といった選択肢をスムーズに提供できるサービスの構築を目指しています。「東京で勤務医として働くのもいいが、地元で地域医療に携わりたい」、「縁もゆかりもない土地で第二の医師人生の幕を開けたい」という希望により、昨年は秋田県や広島県で承継開業をした先生もいらっしゃいました。
医新伝診には常時50以上の譲渡希望クリニックが掲載され、登録不要で、承継の検討に必要な情報をいつでも気軽に閲覧することができます。診療科や場所はもちろん、売上・利益・患者数に加えて、役員報酬や出資持分の有無も掲載されています。承継開業により一体どれくらいの報酬が得られるのかというのは、これから開業を志している方であれば気になる情報ではないでしょうか。
さらにはユーザー登録のうえ希望条件を入力いただければ、条件に沿うクリニックが現れた際に優先的にご紹介することが可能です。唯一、承継開業の弱点と言えるのは結婚と同じくお相手がいつ現れるかわからない、言わば「ご縁」というものがあります。より多くの「ご縁」とより多くの「選択肢」を持つことが可能な「医新伝診」を活用し、リスクが少なくメリットは多い、安定重視の開業をご検討いただければ幸いです。