1 総論─ワクチンキャッチアップとは? 診療所の役割は?
・「年齢ごとに定められたまたは推奨される予防接種スケジュールを完遂できていない人が,後追いで接種を受けて必要な免疫を得ること」を指す。
・診療所は病院専門外来等に比べて,より患者や家族等に近接した環境である。ワクチン未完遂者を見つけて積極的にキャッチアップを行うのに絶好の場である。
・各団体が作成している予防接種のスケジュールを印刷し掲示等するとよい。また,母子手帳には,定期予防接種だけでなく,任意ワクチンの接種欄も設けられているので,ワクチンごとに不足している回数が一目で把握できて便利である。
2 ワクチンキャッチアップはすべての年齢で行う
・ワクチンキャッチアップはすべての年齢層で必要である。
3 キャッチアップスケジュールの成り立ちと情報源
・わが国では,国が定めたキャッチアップスケジュールは一部ワクチンを除いて存在しない。
・キャッチアップスケジュールは下記を参照して選択する。
▶ ワクチン学的な原則
▶ ヒブ,小児肺炎球菌の各ワクチンは,国が定めたキャッチアップスケジュ ール
▶ キャッチアップ接種による免疫獲得等をアウトカムにした臨床研究
▶ 諸外国が推奨しているキャッチアップスケジュール
4 ワクチン添付文書を確認すること
・ワクチンの添付文書をよく確認し,添付文書外(適応外)使用とならないよう注意する。
・やむをえず添付文書外使用をする場合は,重篤な健康被害が生じた場合の補償の権利等について十分に説明し,同意を得た上で接種する必要がある。
キャッチアップスケジュールのポイント
●基本的には,前回接種からの間隔がどれだけ空いていても,定期スケジュールの続きを接種すればよい
●一部のワクチンでは,月齢・年齢によっては,定期スケジュールより少ない接種回数で済む
●キャッチアップを目的にした臨床研究の結果や,諸外国のキャッチアップスケジュールも参考にする
●キャッチアップワクチンが多種多数の場合は,対象疾患ごとの流行状況や被接種者の経済的負担等も考慮し,丁寧にスケジュールを立案する
筆者は現在検疫所に勤務しているが,2016年までは家庭医診療所に通算18年勤務し,渡航向けワクチンも含めてあらゆるワクチンを扱ってきた。現在直接扱っているものは黄熱ワクチンのみであるが,同ワクチンの接種時診察や渡航前の電話相談等を通じて,キャッチアップも含めワクチンプラクティス全般に継続的に携わっている。本特集はワクチンプラクティスに携わる一医師としての見解を述べており,所属組織を代表するものではない旨をご了解頂きたい。
「catch up」の意味は,辞書にこう書かれている。
catch up : ~に追いつく,(仕事などの)遅れを取り戻す (研究社 新英和中辞典より)
予防接種における「キャッチアップ」とは,
年齢ごとに定められた,または推奨される予防接種スケジュールを完遂できていない人が,後追いで接種を受けて必要な免疫を得ること
を意味する。まさに「免疫獲得の遅れを取り戻す接種」である。
予防接種スケジュールは本来,それぞれの年齢で必要な免疫を得て,生命と健康を守るために設計されている。何らかの理由で未完遂であることは,生命と健康を危険にさらしていることになる。本特集では,キャッチアップ接種のスケジュールを「キャッチアップスケジュール」,通常どおりの定期の予防接種スケジュールを「定期スケジュール」と呼ぶ。
予防接種が未完遂であることには,どのようにして気づけば良いのだろうか?
「未接種なのでワクチンキャッチアップをお願いします」などと本人や保護者から申し出てもらえることは,なかなかない。このため,外来で医療者から積極的に未完遂ワクチンを見つける必要がある。その点で,診療所は,未完遂ワクチンを見つけ,ワクチンキャッチアップを行うための,絶好の場と言える。
専門外来等に比べて,診療所(家庭医療,総合診療,内科,小児科,プライマリケア等)は,より包括的に受診者と家族を診る場と言えよう。馴染みの患者が受診し,家族ぐるみで利用している上に,新患は重症であることは少なく,患者の全体像を把握するゆとりがある等の利点が診療所にはある。
診療所外来は,受診者に未完遂ワクチンがないか,声をかけやすい環境なのである。
また,小児・思春期の受診であれば母子手帳を保護者が持参することが多いため,母子手帳を確認すれば接種状況を確実に知ることができる。
そして,実際にワクチンキャッチアップが必要な場合に,受診者と近接した診療所だからこそ,接種のために繰り返し受診することも容易である。診療所はワクチンキャッチアップの絶好の場であることを強調したい。
問診したり母子手帳を見ることで未完遂ワクチンは確認できるが,たとえば「○○ワクチンは2回接種済み」の場合,「それは未完遂なのか?今からキャッチアップ接種が必要なのか?」をどう見分ければよいのだろうか。基本的には,ワクチンの定期スケジュールを頭に入れておく必要がある。しかし,日常的に多種のワクチンを接種していない限り,すべての定期スケジュールを記憶するのは難しい。そのための工夫として,以下のような団体が作成しているスケジュールを印刷し,診察室に掲示等するとよい。
▶ こどもとおとなのワクチンサイト:日本プライマリ・ケア連合学会
[https://www.vaccine4all.jp/]
▶ KNOW VPD!:VPDを知って,子どもを守ろうの会
[http://www.know-vpd.jp/]
▶ 予防接種・感染症:日本小児科学会
[http://www.jpeds.or.jp/modules/general/index.php?content_id=5]
なお,最近の母子手帳は,定期予防接種だけでなく,いわゆる任意ワクチンの接種欄も設けられるようになった。ワクチンごとに不足している回数が一目で把握できて便利である。
ワクチンキャッチアップは,定期予防接種に漏れがある小児・思春期に注意が向きがちだが,成人・高齢者でも同じく重要である。また,任意ワクチンは定期予防接種に組み込まれていなくても,生命と健康のために必要なワクチンであるため,同じくキャッチアップの対象となる。ただし,小児・思春期にのみ,高齢者でのみのように,年齢別にキャッチアップすべきワクチンもあるため,区別して理解する必要がある。
また,脾臓摘出術等による無脾は,基本的に日常生活に支障はないが,ひとたび肺炎球菌や髄膜炎菌等の病原体に罹患すると,重篤になり致命的となることが多い。脾臓摘出後重症感染症(overwhelming postsplenectomy infection:OPSI)と呼ばれ,無脾患者のおよそ3%が罹患し,積極的に治療しても致死率が50%を超える恐ろしい病態である1)。そうした免疫低下状態の患者には積極的にキャッチアップすることが必須である。
さらに,近年は,海外渡航者および海外からの移住者が年々増加傾向にある。海外渡航時には,現地での感染リスクを評価した上で渡航者向けのワクチンを接種するとともに,未完遂のワクチンをすべてキャッチアップする絶好の機会として活用したい。一方,海外からの移住者については,必要なワクチンが出身国等の定期予防接種に含まれていないこともあるため,速やかにキャッチアップを行うことが望ましい。なお,渡航向けのワクチンについては,誌面の都合上他書を参照されたい。
キャッチアップを検討すべきワクチンは図1のとおりである。
後述する各論で示すとおり,ワクチンごとにキャッチアップスケジュールが提唱されている。ただし,ワクチンのスケジュールは,定期予防接種制度に組み込む形で国が定めるのが本来であるが,わが国ではヒブや小児肺炎球菌等の一部ワクチンを除いて,国家が定めたキャッチアップスケジュールが存在しない。
わが国の定期予防接種は,予防接種法第9条において「本人や保護者が接種を受けるよう努力する義務」として規定されている。「定められた時期に接種を完遂するよう努力するのが義務である」ため,失念等の自己都合により完遂できなかった場合の救済は想定していない。ただし,長期の疾病療養により完遂できなかった場合は,予防接種法施行令第1条の3に救済措置が規定されている。
また,任意ワクチン(定期予防接種の対象ではないワクチン)は,添付文書に記載された接種スケジュールが定期スケジュールであり,国に承認されたものだが,たとえば「1回のみ接種して2回目以降を数年失念していた」場合などは,含まれていない。そのため,わが国でのキャッチアップスケジュールは下記を参照して選択する。
▶ ワクチン学的な原則
▶ ヒブ,小児肺炎球菌の各ワクチンは,国が定めたキャッチアップスケジュール
▶ キャッチアップ接種による免疫獲得等をアウトカムにした臨床研究
▶ 諸外国が推奨しているキャッチアップスケジュール
ワクチン学的な原則は,以下の3点である。
①未完遂分の接種は定期スケジュールの続きとして行う(本来のスケジュールより短くしてはいけない)
②どれだけ接種間隔が空いても未完遂分だけ完了すればよく,定期スケジュールを最初からやり直す必要はない(ただし,狂犬病ワクチンは別途検討が必要)
③一部ワクチンでは,年齢によって未完遂分の一部を省略しても十分な免疫が得られる(その場合,キャッチアップする年齢によってスケジュールが異なる)
基本的には,この原則どおりにキャッチアップ接種を行えばよいので,定期スケジュールを十分理解できていれば,キャッチアップスケジュールの立案は難しくない。
一方で,ヒブ,小児肺炎球菌については,国が定めたキャッチアップスケジュールがある。接種開始月齢が定期スケジュールよりも遅れた場合でも,定期予防接種制度としてのスケジュールが決められている。
また,一部ワクチンでは,キャッチアップ接種による免疫獲得等をアウトカムにした臨床研究が行われている。たとえば,思春期に二種混合ワクチン(DT)ではなく三種混合ワクチン(DPT)を用いてキャッチアップした場合の免疫獲得の臨床研究などがある2)。ただし,そうした臨床研究は数も質もまだまだ十分ではなく,また後述する添付文書外使用の問題もあるため,そのままの方法では実施しづらいという欠点がある。
海外ではキャッチアップスケジュールを,国や州政府等が推奨しているところもある。採用しているワクチン製剤がわが国と異なっていたり,そもそもの定期スケジュールが異なることもあり,そのまま真似することはできない。しかし,キャッチアップスケジュールを定める際に引用した臨床研究等を参照することができるため,重要な情報源と言える。
筆者は英語圏のキャッチアップスケジュールしか把握していないが,以下を参考とした。また,前述したp21の団体もこれらを参考にキャッチアップスケジュールを作成している。
▶ WHO recommendations for routine immunization – summary tables(※Table 3参照):世界保健機関(WHO)
[https://www.who.int/immunization/policy/immunization_tables/en/]
▶ Immunization Schedules:アメリカ疾病管理予防センター(CDC)
[https://www.cdc.gov/vaccines/schedules/hcp/index.html]
▶ Vaccination of individuals with uncertain or incomplete immunisation status:英国(GOV.UK)
[https://www.gov.uk/government/publications/vaccination-of-individuals-with-uncertain-or-incomplete-immunisation-status]
▶ National Immunisation Program Schedule:オーストラリア保健省(Department of health)
[https://www.health.gov.au/health-topics/immunisation/immunisation-throughout-life/national-immunisation-program-schedule]
特に成人にキャッチアップ接種を行う際には,ワクチンの添付文書をよく確認する必要がある。これは,年齢によっては添付文書外使用となり,重篤副反応時に,医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:PMDA)による「医薬品副作用被害救済制度」(http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai_camp/index.html)の対象外となる可能性があるためである。この制度は,承認済みの薬剤によって,重篤な健康被害が生じた場合に,医療費や障害年金が給付される制度だが,「添付文書に従った適切な使用」が前提となっている。たとえば,四種混合ワクチンであるテトラビックⓇ,スクエアキッズⓇおよびクアトロバックⓇはいずれも,添付文書では小児のみの接種量が記載されており,成人への接種は認可されていない。これは治験第3相試験において小児のみを対象とし,成人での効果や副反応が検討されなかったためである。一方で,三種混合ワクチンであるトリビックⓇは,成人への追加接種も添付文書に記載されている。
成人へのキャッチアップ接種に際してはワクチンの添付文書も十分に確認し,やむをえない添付文書外使用の場合は,被接種者に十分に説明の上で同意を得る必要がある。
麻疹および風疹はスケジュールが同一である。わが国のワクチンも麻疹・風疹の混合ワクチンが主体であることから,同時に記述する。
わが国は2015年3月をもって麻疹の排除状態であるとWHOから認定された。したがって,2020年現在,国内で発見される麻疹はすべて海外からの輸入感染症か,それを発端とした国内感染である。
しかし,2015年以降,年間100~200人台であった麻疹患者数は,2019年に744人と急増した3)。WHOの報告でも,2019年は世界的に麻疹患者が激増していた4)。国内の麻疹ウイルスが排除されても,麻疹含有ワクチンの接種率が低迷すれば,輸入感染は必至となり,最悪の場合は,輸入ウイルスが再び国内で継続的に循環するおそれもある。麻疹の基本再生産数(R0)は12~18とされ,排除状態を維持するには市民の約95%以上が麻疹含有ワクチンの2回接種を維持する必要がある。
小児期の麻疹・風疹混合ワクチンによる定期接種の割合は,2018年度において1期(1歳)は全都道府県で95%以上を達成し,2期(5~6歳)も約半数の都道府県で95%以上,最低でも91%以上を達成している5)。このことから,輸入麻疹の感染者の大半は成人である。すなわち,排除状態を維持し輸入麻疹を減らすには,免疫不十分な成人へのキャッチアップ接種が急務である。
風疹については,いまだにわが国からの排除が達成されておらず,2012~14年の大流行(2013年1万4344例)では,先天性風疹症候群(congenital rubella syndrome:CRS)が45例報告され問題となった6)。厚生労働省は,2014年に感染症法に基づく「風しんに関する特定感染症予防指針」を策定し7),2020年までの排除達成を目標に掲げたが,2018年2946例,2019年2306例と深刻な流行が続いている8)。2019~20年1月にかけてCRSが5例報告され,2012~14年に次ぐ発生数となっている。感染者の大半は,免疫不十分な成人男性であり,その周囲の妊娠女性に感染が拡がることで,CRS発生のきっかけとなっている。
風疹流行をくいとめ,麻疹に次ぐ排除を達成するために,厚生労働省は成人男性を対象とする「第5期接種」を,定期予防接種として2019年2月に導入した。2022年3月までの時点で,1962年4月2日~1979年4月1日生まれ(2019年時点で39~56歳)の風疹抗体価が不十分な男性を対象に,風疹含有ワクチンを無料で接種する施策である。
手順としては,対象男性にまず抗体検査を受けてもらい,その結果,抗体低値の場合に無料接種へと進む2段階方式となっている。自然感染により免疫を有している対象者も一定数いることと,供給可能な風疹含有ワクチンの数量を勘案して,このような2段階方式となっている。しかし,開始後の2019年4月1日~11月30日の8カ月間で,抗体検査を受けた対象者はわずか16%(109万人)にとどまっている9)。厚生労働省の目標は,2022年3月の終了までに650万人が抗体検査を受けることであり,現状のままでは,残り2年での達成は難しい状況といえる。
麻疹および風疹は,いずれも,4週以上空けて2回接種することで,95%以上が十分な免疫を得ることができる。5%程度は接種にもかかわらず免疫不十分となるが(primary vaccine failure),市民の95%以上が2回接種を受けることで,結果的に排除を維持達成することができ,免疫不十分者も感染から守られることになる。
診療所においては,麻疹の排除維持と風疹の排除達成のために,1人でも多くにキャッチアップ接種を行って頂きたい。
特に風疹については,上記対象男性において積極的に抗体検査(市町村を通じて個人に配布されるクーポンを利用)をして頂き,免疫不十分者には第5期接種として麻疹・風疹混合ワクチンの接種をお願いしたい。
また,抗体検査の結果によって定期(無料)接種対象外となった場合でも,ワクチン接種歴が不足している場合は,自費接種で必要回数に達するよう接種を勧めて頂きたい。