心疾患による年間死亡者数は20万8210人(2018年人口動態統計)に上り、死亡者全体の15.3%を占める。高齢化の進展に伴い、虚血性心疾患や急性心筋梗塞の的確な診断は重要性を増している。そこで注目されるのが、標準12誘導心電図でカバーすることが難しかった右側誘導と背部誘導を推定する導出18誘導心電図。連載第21回は、クリニックでの普及が期待される18誘導心電図の特徴と現時点での有用性の評価などついて紹介する。
標準12誘導心電図は、身体への負担も少なく、心電図検査で最も広く用いられている。しかし12誘導での観察では捉えきれない部分も存在する。代表的なのは、右室梗塞や後壁梗塞。このため日本循環器学会の「循環器病の診断と治療に関するガイドライン」「急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン」では、右側誘導(V3R、V4R、V5R)と背部誘導(V7、V8、V9)の必要性が指摘されている。
しかし、右側誘導と背部誘導を実測するには、標準12誘導心電図の電極位置から電極を付け直す必要がある。特に背部誘導は通常の心電図検査で用いる吸着電極が使用できず、手技が煩雑になる。そこで右室梗塞や後壁梗塞の発見に役立つと期待されているのが、標準12誘導心電図と同じ手技で波形を生成することができる導出18誘導心電図だ(図1)。
導出18誘導心電図の原理は、標準12誘導心電図の実測データから得た、瞬時心起電力ベクトルの情報を基に演算処理するというもの。高度な循環器治療に積極的に取り組む茨城県の土浦協同病院(茨城県)循環器内科では、日本光電の導出18誘導心電図「synECi18」(https://www.nihonkohden.co.jp/iryo/techinfo/18lead/18lead.html)を用い、臨床上の活用法を探っている。synECi18による波形は、実測の誘導波形と高い相関を示しており、臨床応用に十分な精度がある。
図2は胸痛を主訴として同病院のERに来院した患者の心電図。12誘導心電図(左グラフ)を測定し、急性心筋梗塞の可能性を否定できなかったため、心エコーを実施した。心エコー像にて後壁領域の壁運動低下を認め、またトロポニンⅠ陽性(0.41ng/ml)であったことからCAG(冠動脈カテーテル検査)を実施した。
CAGでは左回旋枝(LCX)♯13に閉塞が認められたためPCI(経皮的冠動脈インターベンション)を施行。血栓吸引とステント留置という一連の治療を行い、再灌流後は心電図が正常化した症例だ。
右グラフはこの症例で12誘導心電図のデータを基に、右側と後壁の6誘導を導出するsynECi18を用いて波形を確認したもの。後壁誘導で顕著なST上昇が認められ、心エコーでの後壁領域の壁運動低下、CAGでの閉塞部位の同定結果と同じく、心室後壁側の梗塞像を示唆している。
日本循環器学会が策定した「急性冠症候群ガイドライン」では、左回旋枝閉塞による純後壁心筋梗塞は標準12誘導では診断が難しいことから、背側部誘導の記録を推奨している(表)。導出18誘導心電図の有用性について同病院の角田恒和副院長(循環器内科部長)はこう語る。
「症状がひどい場合に現場で心電図を素早く計測しなくてはいけないことが求められる中で、さらに電極を3つ追加するというのは非常に難しい。あくまで導出であることに留意する必要はありますが、12誘導心電図から右側や後壁の波形を推測できることは非常に重要です。心筋梗塞の診断に役立つほか、不整脈の起源推定についても可能性があると感じています」
同病院ではこのほか、心臓カテーテルで用いられるML誘導における導出18誘導心電図と実測波形の一致性について評価を実施。実測と導出のST電位を比較すると高い一致性を認め、ML誘導からの導出誘導が臨床評価で使用できる可能性が示唆された。
同病院臨床検査部の若狭伸尚主任は「我々が計測した中では、標準12誘導で分からなかったけれど導出18誘導で後壁にST上昇を認めたケースが約1割ありました。報告レベルですが、心房細動の予防につながる可能性を示唆するデータも出てきています」と導出18誘導の可能性に期待している。
心筋梗塞が疑われる症例で、梗塞範囲を早期に判断し、適切な処置を迅速に行うことは極めて重要であり、クリニックでの活用も期待されるところだ。
角田副院長は、導出18誘導心電図による波形の変化が、臨床上の所見としてどの程度有用なのかというエビデンスの構築は「まだこれから」と指摘する。
「まず多くのデータを集めていくことが大切です。導出18誘導心電図は心筋梗塞だけでなく、不整脈や心房細動についても有用な情報が得られる可能性があります。また、12誘導を取っておけばレトロスペクティブにさまざまな心疾患との相関を分析できるというメリットもあり、導出18誘導から得られるデータのポテンシャルは高いと感じています」